古い町

ボローニャにしろ何処にしろ、イタリアの町を歩いていて思うこと。それは一年中どこかが修復中であること。例えばフィレンツェ。ひょっとしたらあれは修復ではなくて大理石の壁を奇麗に掃除しているのかもしれないが、大聖堂の周りの何処かしらにいつも囲いが在る。あれがすっかり無くなるととても美しいと思うのだけど。そう思っている人は沢山いると思うのだけど。ボローニャのサン・ペトロニオ教会も同様で、私がボローニャに暮らすようになってから幾度も囲いが出来ている。そうやって古いものが保たれているのだよ、と言われれば全くその通りなので文句を言うべきでは無いけれど。ボローニャ旧市街の中心に建つ二本の塔も同様だ。いつも囲いがあって見た目に美しくない。二本の塔の前に直立するサン・ペトロニオ氏も囲いには辟易しているのでは無いだろうか。ただ、話は深刻だ。テレビで得た情報によると、塔の横を通り抜ける車やバスによる振動で傾く角度が大きくなっているらしい。この塔が建った中世の頃にはそのような乗り物が存在しなかったので、何時かそんな問題に遭遇するとは誰も想像出来なかったに違いない。それでは車の通行を止めてしまえばよいかと言えば、それも結構な問題だ。あの道はボローニャ旧市街から東方向へと続く大切な道なのだから。つまり東へと続く主要道と言っても良いのである。事実この夏の間、道路工事で通行止めになった時の不便なことといったら甚だしかった。道路沿いにあるポルティコの下に立ち並ぶ小さな店も商売上がったりで冴えない夏だったようである。現代の私達の生活と古いものが共存していくのは簡単なようで案外難しい。私はイタリアに暮らすようになってそんなことを考えるようになった。7年前に私と相棒の友人がアメリカからやって来た時、ボローニャ旧市街を一緒に歩いた。友人にとって初めてのヨーロッパだった。見るものすべてが驚きで、特に古いものが今の生活シーンに普通に存在するのは一種の感動だったらしい。この古い町が持つ雰囲気が10年後に訪れる時にも同じように残っていて欲しいと友人は言った。大丈夫、大丈夫、何しろ何百年も変わっていないのだから、と私と相棒は笑ったものだけど、変わらない為には市民の沢山の努力と協力が必要なのかもしれないと最近思うようになった。ボローニャの町を歩きながら時々考える。出来るならボローニャはずっと同じでいて欲しい。昔と同じボローニャでいて欲しい。いつの間にか私の心の隅っこにボローニャ人と同じような小さな愛町心が芽生えたらしかった。

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コメント

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ボン・ジョルノ
全く同感です。 私は特にミラノに戻るたびに そう思います。
中央駅も大聖堂も。み~んな思いでになっていきます。
ボローニャは きれいに磨かれてきたなって そう思ってました。 
きっと それが そこには 住んでいないって ことですね。 
印象って 面白いですね。 またお邪魔します。 

2010/11/11 (Thu) 11:39 | florentia55 #79D/WHSg | URL | 編集
No title

florentia55 さん、こんばんは。イタリアはどの町も違った色と印象があって面白いですね。私はボローニャの町をとても好きですが、時々となり町などへ行くととても新鮮で、とても美しく見えるのですが、どうやらそれは皆さん共通のようですね。
これからもお付き合いお願いします。

2010/11/12 (Fri) 23:15 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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