グリーンの壁

此処を歩くのは久し振りのことだ。つい手前まで来ていながら、いつも引き返してしまうからだ。以前此処には気に入りのワインの店があった。それがある日、ガラス窓に移転の張り紙がしてあって既にここでの営業は終わっていた。一体次はどんな店が入るのかと興味を持って何度か足を運んだが、いつまで経っても店内はワインの店の名残があるばかりだった。少し経ってから戻ってきてみると中はもぬけの殻で、内装工事なるものをしているようだった。そしてまた少し後に来てみるとガラスと言うガラスが茶紙に覆われていて、中の様子が分からなかった。そのうち私の関心事は別のものへと移ったらしく、足を向けるのを辞めてしまった。だから近くまで来ていながら此処まで足を延ばさなくても、別に可笑しなことではなかったのだ。人間なんてそんなものだ。関心事というのは移り変わるものなのだ。それが最近ふと思い出して夕方遅くに立ち寄ってみた。急いでいるけどちょっとだけ。と、暗がりに浮かぶグリーンの壁の店。店内にはポップなものと古いものが上手く協和しあって不思議な空間を保っていた。古いクッキーの缶、美しい絵が施された今にも壊れてしまいそうなほど古い紙製の箱、ベークライト製の小物、40年代から60年代の家具たち。私がアメリカに暮らしていた頃に好んで集めたものとよく似ていた。もう少しこうして眺めていたかったけどもう行かなければ。お気に入りだったワインの店があった場所がこんな店になった。それも悪くないな。そんなことを思いながら店を離れて歩き出し、ふと振り返ってみると閉店時間だったらしく店の照明は消えていて、暗がりに浮かぶグリーンの壁の店は無くなっていた。それは魔法のようだった。

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