張り紙

町を歩いていて気になるもの。それは石畳の石や並べ方だったり建物の壁の色だったり、古いが手入れされた扉や変わった形の窓枠だったり。それから裏道であればそんな道を敢えて選んで歩く人々にも関心があるし、強い日差しの創作物である光と影のあり方にしても。ただ歩いているように見えても実は色んなことを観察しながら考えているのだ、人間は。もしかしたら人に連れられて歩いている犬達も観察しながら何か考えているのかもしれない。この路面は歩きにくいとか。夏の町は人も車も少なくていい感じであるとか。そうだ、皆何かしら考えながら歩いているのだ。私がボローニャに限らず何処の町へ行っても気になるのが張り紙だ。張りたてのものも気になるが張ってあった名残も凄く気になる。先日ボローニャ旧市街を歩いていたらこんなのを見つけた。一体何の張り紙だろう。それにしてもこんな所に張るとは。何しろこの建物は外の壁が岩のようにぼこぼこしていて一見廃屋風だけど歴史を辿れば結構な由緒のある建物だ。何もこんな所に張らなくても良かったのではないか、と思うのだ。幾つもあるイタリア人男性の顔は若いのか若くないのか分からない。私風に言えば70年代のイタリア映画によく出てくるような、サッカーや女の子達に夢中の小型バイクに乗って町をビュンビュン走っているような男性達。その下にはまた別の張り紙があり、その下にはまた別の。張っては剥がし、張っては剥がし。こんな所に張り紙は宜しくないとは思うけど、今風でない髪型の男性達が前を通る女の子達に声を掛けているかのようで全然憎めなかった。

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