休憩

私の幸運のひとつはイタリアの食生活がぴたりと性に合っていることだろう。人間は時に手に入らないものを無性に恋しくなるものだから私とて年に何度か故郷の食事を恋しく思う。しかし本当に年に何度か、なのである。何しろイタリアの食生活が合うのだ。それは長く暮らせば暮らすほど大変な幸運であることを強く感じるのだ。それではウィーンはと言えば、お菓子が非常に良い。イタリアのそれとは違った、ずっしりと腹持ちの良い、マリア・テレジアだって首を縦に振りながら堪能したに違いないと思われるような美味でシンプルなエレガントさがあると思う。この町には幾つか有名な菓子店があるけれど、そういう店にはあまり関心がない。そういう店は他の人達に楽しんでもらうと良いだろう、そんな風に思うのだ。私にはもう少し静かで空いた店、地元の人たちが買い物の途中に立ち寄る店、新聞など読みながらのんびりする店がぴったりだ。午後になって歩き疲れた頃、小さな店を見つけた。いや、外から見たとき小さいと思っただけで、実は中に入ってみると案外広いと分かったのだけど。店の名はTirolerhof 。一瞬にしてこの店が私好みの店であることが分かった。私は小さなテーブルの席についた。私の右手には私より年齢が随分上と思われる身なりの宜しいご夫人がふたり。仲が良いらしい。多分時々こんな風にして待ち合わせをするのか、それとも道端でばったり会ってカフェに立ち寄ったか、兎に角お喋りのテンポが速い。私の左手には20代と思われる女の子が4人。カッフェに沢山生クリームを載せて貰って、それを上手にスプーンですくうのに夢中な可愛い子達。時々言葉を発してはくすくすと笑う。私がドイツ語を解することが出来たらば彼女達の楽しいお喋りが分かるのに。そう思うとドイツ語が分からないのが残念でならなかった。右手のご婦人達の所にもうひとりご婦人が加わった。多分こんなことを言っているのだろう。あら、偶然ねえ。そんなことを言いながら一緒のテーブルに着いた。彼女が注文したカッフェが来ないうちに、もうふたり加わった。夫婦者だ。あら、あなた達も! いっしょに如何。そんなことを話しているのだろう。と男性が私に声を掛けた。椅子が足らないので空いている椅子を使ってよいか、とのことだった。勿論どうぞ、と答えると夫婦が揃って私に礼を言って、そうして椅子に座るなり楽しいお喋りが始まった。私はドイツ語が分からない。でも、此処のドイツ語はドイツのそれとは少し違うようだ、と思った。あまり抑揚が無く静かな感じ。もしかしたらたまたま彼女達がそういう話し方なのかもしれないけれど。奥の席にはさっきから年老いた男性がひとり新聞を読んでいた。急に賑やかになった店内にふーっと溜息をついて、しかし新聞を閉じるでもなく席を立つでもなく。美味しいカッフェとお菓子を平らげてすっかり疲れが取れたようだ。さあ、休憩は終わり。私は勘定を済ませて席を立った。と、隣の賑やかな人々が一斉に私を見上げたので何か気の利いたことを言わなくてはと思い、Auf Wiedersehen (さようなら)と言ってみた。言った後に自分の発音の悪さに自己嫌悪したが、どうやら言わんとしていることは伝わったらしい。見知らぬお喋りさんたちが正しい発音で挨拶を返してくれた。うん、挨拶くらいはやはりその国の言葉で言うのが良い。そんなことを思いながら店を後にした。

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