昔から案外ひとりで何かするのが好きだったのだろう、と思う。私が小学校3年生が終わるのを待って、私達家族は今まで住んでいた町を離れて田舎町に引っ越した。田舎町の中の更に田舎で、私鉄の駅からバスに乗り暫く行った所で下車したら、其処から子供の足で20分も歩かなくてはならなかった。それまで賑やかな町に暮していたせいもあり、私達姉妹はただ愕然とするばかりだった。喜んでいたのは父と母で、私達は友達と別れてこんな遠くに来てしまったことを心のどこかで悲しみ、新しい場所での生活に多少なりの不安を持っていた。そう言いながらも4歳半年上の姉は元来の快活さと気の強さで、あっという間に新しい仲間を持ち、まるで何もなかったかのように馴染んでいった。ところが妹の方は気が弱くて意気地なしでいつまで経っても土地に馴染むことが出来ず、毎日下を向いてとぼとぼと歩いて帰ってくるのだった。私が通い始めた学校は子供の足で充分30分も要する場所にあった。長い下り坂の後に上り坂があった。森があった。子供達は森に入ることを禁じられていたからか、森に多少なりの恐れを持っていて、だから森の脇を通るときは無意識のうちに早歩きになった。そんな道をひとりで歩いて帰ってくるのが寂しくて悲しかった。其のうちひとりふたりと友達が出来てひとりで帰ることも無くなったが、心の隅っこでいつも以前住んでいた町のことを考えていた。1年経った初夏の日曜日、私は遊びに行ってくると言って、しかし実は家族に黙って懐かしい町を目指した。行き方は知っていた。母と姉と三人で一度だけ電車に乗って行ったからだ。バスに乗って電車の乗り、途中で降りたら別の電車の乗るために30分歩いたところにある駅へ行くのだ。そして其処から電車に乗って十何駅目が懐かしい町の駅だった。駅の前には懐かしいマロニエ菓子店。十字路に交番があって、其のずっと先には幼馴染の家があった。でも家には立ち寄らなかった。小学校へも行った。校門は閉まっていて中に入ることが出来なかった。家の隣にあった公園へ行った。知っている顔はひとりも居なくて残念だったが、それでよかったような気もした。駅へ向う途中、一番仲のよかった友達に会った。友達は私がひとりで此処に来たことを酷く驚いて、何かあったのではないかと何度も訊いた。でも何も答えなかった。何故なら私にもどうしてなのか分からなかったからだった。帰りの電車の中で考えた。私はどうして此処に来たかったのだろう。来ても誰に会うでもないのに。多分、もう一度歩き回りたかったのだ、と気がついたのはもう家の近くの上り坂を歩いている時だった。家に戻る前に気がついてよかったと思った。これで気持ちに区切りがついたからだった。何も知らない家族は昼にも帰らずに何処へ行っていたのだと私を酷く叱ったが、私は最後まであの町へ行ったことを言わなかった。多分言ったところで誰も信じなかっただろう。乗り物を乗り継いで片道だけで2時間半もかかる遠い町に子供がひとりで行ける筈が無い、と。友達は、彼女の母親に私と会ったことを話したのだろうか。話したところで信じて貰えず、悲しい思いをしたのだろうか。
あの頃から私はちっとも変わっていない。ふと思いついてはひとりで何処かへ行く癖。何が目的でもなくただ歩き回る癖。そうか、この癖はあの頃からなのか。そう思ったら思わず笑いが零れた。恐らく年をとっても変わることは無いだろう。ちょっと出掛けると言って日帰り小旅行に出掛けるのだろう。

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コメント

No title

心の深いところでコントラバスの重音のように響く、素晴らしい記事でした。yspringmindさんのこんな体験をシェアしてもらえるわれわれ読者はラッキーだと言っていいでしょう。ありがとう。

2010/07/14 (Wed) 06:40 | september30 #79D/WHSg | URL | 編集
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yspringmindさん、こんにちは。
ひとりで何処かへ行く癖(癖ですか?)、同じです。ひとりのほうが気が楽なのはそうですが、癖といいますか、私はうちの人と出かけることは週末の夕食くらいで、あとはずっと一人で出かけます。昔、学生の頃、友人と「ひとりは良い、でも、ひとり過ぎても嫌だよねえ」という話をしていたのを思い出しました。
話はまったく変わりますが(ごめんなさい)、来月末に半年住んだパリを離れ、一旦日本に帰り、10月からポツダムとベルリンに2年間ほど引越して暮らすことになりました。
フランス(パリ)を離れるのは、なんだか寂しいような微妙な気持ちですが、何が寂しいって、アパートの中庭で可愛がっている猫たちとお別れしなければならないことです(笑)。
当方、ドイツはまったく未開拓なので、もし、アドバイス等ございましたら、教えて下さい。

2010/07/14 (Wed) 11:10 | TSUBOI #79D/WHSg | URL | 編集
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一人で行く癖・・・にやっと 笑ってしまいました
私も その一人です
ふら~っと アチコチぶらぶらと
早歩きだったり 
 
しかし、写真の鮮やかなオレンジ色素敵です。
グッぐっときます。
イタリアまでは、ふら~っと行く時間がなく 残念です
下の娘が あと少し大きくならないと、育児放棄なんていわれかねません(ひょえ~)
それまでは、こちらのお写真で 身近にイタリアを感じたいです。
いつも感謝しております。ありがとう・・・

2010/07/14 (Wed) 13:48 | 春風 #79D/WHSg | URL | 編集
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september さん、こんにちは。気に入って頂けて嬉しいです。こういう感覚や昔話を共有できる人がいるっていいものですね。
私は泣き虫で意気地なしでしたが、そのくせひとりで何でもする子供だったようです。その子供があまり成長らしい成長もしないまま年だけ取ったのが今の私と言ってよいでしょう。それが実に私らしくて笑えます。

2010/07/14 (Wed) 23:30 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
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TSUBOI さん、こんにちは。ひとりが楽でいいというのも一理ありますが、多分私の場合、一人で何かをするのが好きで、しかし隙とか何とか考える前に既にひとりで行動しているというのが私です。だからそれを私の癖、と呼ぶわけなんですよ。
パリの後はベルリンとポツダムですか。私はドイツへ行ったことが無いので残念ながら情報は無いんですよ。でもドイツは暮しやすいのではないでしょうか。何事もきちっとしていて日本人向けなのかな、と想像します。個人的にはとても関心のある国で、何時かハンブルグを訪れたいと考えています。それからバルト海。何か不思議な魅力の匂いがします。
色んな町に暮らす機会があるのは本当に幸運ですね。色んな町に暮らしているうちに一番自分にあっている町が見つかるかもしれませんね。

2010/07/14 (Wed) 23:38 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
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春風さんもひとりで歩く癖がある人でしたね。気が向いたらふらりと何処かに行けるというのは、考えようによってはとても幸運だと思うのです。家族や友達とふらりも楽しいですが、ひとりでふらりとしていると気に感じたこと、思い出したこと、発見はまた格別なのですよね。しかしながらイタリアまでひとりでふらり・・・はなかなか出来ないことでしょう。したのお嬢さんが大きくなるまで待ったら飛び切りのご褒美としてイタリアに来てくださいね。
日差しが強くてすべてがオレンジ色に見える最近のボローニャです。

2010/07/14 (Wed) 23:44 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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