電話の向こう

日差しが強くてサングラス無しでは外を歩くことも出来ない。私がまだ子供の頃、外国人の瞳は太陽の光に弱いからサングラスをかけるのだ、と聞いたことがある。でもこうしてボローニャに暮してみると何処の国の人だってこんな強い日差しの下をサングラス無しで歩くのは無理だということが分かった。これは文字にしたくらいでは到底伝わらない話で、実際来てこの日差しを見て貰わなくては、と思う。4月から10月半ばくらいまで、サングラスは大活躍だ。だからサングラスはちょっと奮発してもいいのである、と力説する私であるが、相棒は決して首を縦に振らない。相棒を上手く丸め込むのは本当に難しいと思うこの頃である。
夕方、夕食の準備をしていたら電話が鳴った。平日のこの時間に掛けてくる人といったら大抵アメリカに暮す私達の古い友人だ。そう思いながら電話に出ると案の定その友人だった。彼は私よりもずっと年上で、アメリカに暮していた頃の身内が近くにひとりも居ない私にとっては親戚のおじさん的存在だった。今は親戚のおじさん感覚は消え、家族の一員みたいな存在となった。ボローニャに来て長くなるが、彼はいつも私達のことを覚えて何かにつけて電話をしてくれる。月に一度くらいの割合で掛かってくる電話。もう何年もそんな風だ。彼のそんな友情を私達が本当に感謝していることを、多分彼も分かっているに違いない。電話の向うで友人が言った。今週末は日食で、と言っても何処でも見れる訳ではないけれど、こんなことのある前後には物事が上手く行かないことが多々あるらしい、と。ふーん、と返事をする私に彼は言葉を続けた。だからね、どんなに詰まらないことが起きても、どんなに嫌なことが起きても、気にしてはいけないよ。そういう時期なんだから。自分だけじゃない、多分世界中の沢山の人がそうなのかもしれない、と思えばよい。そうして友人は電話を切った。はて、彼はそれだけを言う為に電話をしてきたのだろうか。何か釈然としないまま夕食を済ませた。テラスで涼みながら日没時の不思議な色の空を眺めていたら、急に分かった。もしかしたら友人は、色んなことに直面している私と相棒をこんな形で励ましてくれたのかもしれない。いいなあ。地球の何処かにそんな風に私達を想ってくれる友人が居るって。諸々の思案や想いが不思議な色の空に吸い込まれていった。

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コメント

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わかります、そんな感覚。月一回の電話でも、本当に嬉しかったりするのですよね。私の家でも私の相棒の友達がいれかわり立ち代わり、月一の電話があります。

2010/07/09 (Fri) 03:29 | yborderer #79D/WHSg | URL | 編集
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yborderer さんのお家もそんな風なんですね。それではこの気持ちをよく理解できますよね。離れていても頻繁に会うことが出来なくても、友人とはやはり友人。電話の向うからいつもの声が聞えてきたときの嬉しさ。近年その有難さを特に感じるようになりました。

2010/07/10 (Sat) 18:39 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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