Via Oberdan

初めてこの道を歩いた日のことは今でもよく覚えている。Via Oberdan。確か春先だった筈だ。相棒の友人達がこの通りのことを話しているのを耳にして、関心を持ったのだ。観光向けではないけれど、古い通りで私はとても好きなのよ。うん、僕も好きだよ。そんなことを言っていたのではなかったか。何しろ当時の私のイタリア語ときたらかなり危なっかしかったから、それなのに誰一人手加減して話してくれる人など居なかったから、多分そんなことを言っていたのではないか、多分そう言っていたのだろう、といつもそんな調子だった。私も私で自分が知っている全ての言葉を最大限に活用して、しかも自信を持って話していたから、彼らだって大変だっただろう。多分彼らだって私同様に、多分そんなことを言っていたのではないか、多分そう言っていたのだろう、と思っていたに違いない。それで私はある日の午後、一人で旧市街へ出掛けた。私は旧市街を取り囲む環状道路から歩いて10分の界隈に住んでいた。バス代を節約したい日や気持ちの良い日はバスに乗らずに歩いて出掛けた。なに、歩きやすい靴さえ履いていれば大した距離ではないのだから。でも真夏の暑い日や冬の飛び切り寒い日、風の吹く日や雨の日、それから荷物のある日はどうしたってバスに乗らなければならなかった。まだ通貨がリラだった。今思えば安いものだったが、あの頃はそんな短距離に使うバス代が高く思えたのだった。Via Oberdan は直ぐに見つかった。街の中心の二本の塔の前から真っ直ぐのびる大通りを歩き始めて一つ目の角を右に曲がるとそれだった。確かに古い店が連なっていてボローニャの色や匂いみたいなものがあっちにもこっちにも染み付いていて、それらを見つける度に相棒の友人たちが言っていた言葉を思い出して、うんうんと頷いた。少し行くと左右に古いポルティコがあった。右手のポルティコの下には菓子店を兼ねた古いバール、そして昔ながらの下着屋。左手のポルティコの下には惣菜店があり、立派なサラミや生ハムが天井から吊る下がっていた。少し行った右手角には干し鱈専門店があった。幾つもの大きな樽の中に幾種類もの干し鱈が入っていた。そんな店は生まれて初めてだったので、目を丸くして長いこと店の前から立ち去ることが出来なかった。どれも高価な値段がついていたが、干し鱈とは高いものだと知っていたから、成る程成る程と言いながら何時かこの店に買いに来ようと思った。鱈の匂いがぷんぷんと漂う店の前からようやく立ち去り先に進むと右手に教会があった。そして少し行くと左手に細々と流れる運河があった。それはとても寂れた様子で、しかしボローニャらしい眺めだったので、暫く柵の前に立ったままその様子を見つめていた。昔はこれを利用して商業が成り立っていたことなどまだ知らなかったから、単に寂れた干上がりかけた運河だと思いながら。と、その時、鼻につくものがあった。嫌な匂いだった。今までの私の人生で初めて遭遇したタイプの匂いで、気になりだしたら止まらなくなった。ひょっとしたら辺りに悪いものが存在するのではないか、などと色んなことを考えながら周囲を見回しているうちに目に入った。チーズの店だった。ガラス越しに大きなチーズの塊が並んでいた。模様のように並んだ面白い様子に惹かれて店に近づくにつれて例の匂いが強くなった。あの鼻につく匂いの元はこの店だったのだ。成る程、チーズの匂いとはこういうものなのか。そんなことを思いながら、そして臭い臭いと思いながら店先に並ぶチーズから目を離すことが出来なかった。あれが私とチーズの本当の出会いであった。あれから私は急にチーズが好きになり、チーズ無しで赤ワインを頂くなんて、などと生意気なことを言うようになった。変な話しだ。あんなに臭くて嫌だったのに。隣にあった小さな豆専門店はいつの間にか無くなったし干し鱈専門店も無くなったが、チーズの店は健在。運河も細々と健在。例の菓子店を兼ねた古いバールや昔ながらの下着屋にしても。Via Oberdan は今も変わらずボローニャの色や匂いみたいなものが染み付いていている。

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2010/06/22 (Tue) 03:20 | # | | 編集
No title

鍵コメさん、毎週末の屋外バーベキュー、いいですね。この季節を楽しまない手はありませんね。色んな美味しいものがあるけれど、やはりチーズがあるとワインを、ワインがあるとチーズを・・・となるものですね。ローマの町中に鱈のフライと美味しい白ワインが頂ける店がありました。15年前のことなので今もあるのかどうか。あの頃の私にとっては赤ワインにチーズ、白ワインには鱈。そんな小さな決まりがあったみたいです。あの干し鱈の店、あんなに流行っていたのにどうして占めてしまったのでしょうか。残念です。

2010/06/22 (Tue) 23:04 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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