雨が降る

夜になって雨が降り出した。雨はさほど強くもないが、天から真珠色の絹糸を引くようにして後から後から降り落ちた。音もなく降る雨。熱っし過ぎた路面や広場をすっかり濡らした。路面も広場も街路樹も、ほっと溜息をついているように見えた。音も立てずに降る夜の雨が好きだ。特にこんな季節に降る静かな雨は良い。子供の頃、兎に角太陽の下を駆け回るのが好きだった。それで充分太陽を堪能したのか、二十歳を少し過ぎた頃から満月の晩が好きになり、夜風と樹がそよぐ音が好きになった。そしてこんな風な静かな雨が好きになった。そんなことを回想しながら窓辺にぼんやり立っていたら、急に強い雨が降り出した。その雨はとんでもなく強く路面を叩きつけて、その様子を見ているうちに思い出した。ボローニャに引っ越して間もない頃のことだ。相棒の幼馴染とその彼氏や友人達の提案で、ボローニャ旧市街の端っこにあるピッツェリアへ行くことになった。私達は6人だった。一台の車に乗るには無理があったが分乗するのを避けるために後部席に4人が折りたたむようにして詰め込まれることになった。そうでなくとも古い小さなルノーなのに。しかも蒸し暑い夕方だった。窓から風が入ってくる、それが私達後部席に座る者達の唯一の救いだった。ところが見る見る間に空が雨雲に覆われ、大雨が振り出した。急いで車の窓を閉めなければならなかった。車内の蒸し暑さと酸素の不足に辟易して、適当な場所に車を停めると破裂するみたいに私達は車から飛び出した。傘など持って居なかったから、当然のことながらずぶ濡れになった。ずぶ濡れになりながらポルティコを目指した。雨に濡れながら口々に叫んだ。嘘でしょう? こんなのってありえない。どうしてあんな遠くに車を停めたのさ。声だけ聞くと怒っているかのようだったが、誰もが可笑しくて堪らないとでも言うように大きな笑顔を湛えていて、実はそんなことを楽しんでいるかのようだった。私はまだイタリア人というものがよく分かっていなかったから、変な人達だなあ、と思ったのだ。そうだ、彼らはイタリア人なのだ。どんなことも陽気に捕らえる名人なのだ。70年代のイタリア映画にも似たような場面があるけれど、馬鹿馬鹿しいことも楽しみ、嫌なこともイタリア風手品で楽しいことに変えてしまう。15年も前のことを思い出しながら、くすりと笑った。今なら分かる。上手く言葉にするのは難しいけれど。あの時彼らが笑っていた気持ちが。

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2010/06/16 (Wed) 01:22 | # | | 編集
No title

yspringmindさん、こんにちは。
「馬鹿馬鹿しいことも楽しみ、嫌なこともイタリア風手品で楽しいことに」というのは重要ですね。その点、私は「今日はあそこの肉屋であれを買ってこれを作って」という風にいつも計算しては時間ばかり気にする人間なので、予定通りに物事が進まないとすぐ落ち込んでしまう困った者です。また、時間が経つのを忘れて楽しむ、ということがあまり出来ません。街を歩いていても「そろそろ帰らねば」と思うばかりです(まだ明るいのに)。どうしたら「あとちょっとだけ」という気持ちで楽しむことが出来ますか?趣旨からずれた質問になってごめんなさい。

2010/06/17 (Thu) 12:06 | TSUBOI #79D/WHSg | URL | 編集
No title

鍵コメさん、梅雨空という言葉、梅雨の外に居るととても美しく聞えます。今日のボローニャはそんな日本の梅雨空とよく似た一日でしたよ。楽しいお食事だったでしょうか。折角のお出掛けなのですから梅雨にも小休憩頂きたいですね。

2010/06/17 (Thu) 23:07 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
No title

TSUBOI さん、こんにちは。私は昔、何事も計画通りに行かなくては気がすまない性格で、だから時計のような生活でした。ところがそのうちこんなのもあればあんなのもあることに気がつきました。普段は今でも時間と一緒に歩んでますが、一旦普通の日が終わったら腕時計を外して何でもあり、何でも起こりうることを受け入れるようにしています。つまらなくても一日、楽しくても一日。どちらも自分次第ですからね。

2010/06/17 (Thu) 23:17 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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