郷愁

時々足を運ぶ旧市街の真ん中に建つアンティークのメルカート。時々といっても大体これ自体が月に一度の週末だけにしか存在しないので、生憎用事があったり悪天候にぶつかって家から一歩たりとも出たくなかったりすると、もうひと月先まで待たなくてはならなくなる。だから此処に足を運ぶのは年に10回もない、という訳だ。場所が場所だけに少し値段は高めである。でもコンディションの良いものが多いし、ちょっと心惹かれるようなものが並んでいるから、見ているだけでもよいのである。アメリカに暮らしていた頃、日曜日になると好んで湾の向うの郡へ行った。それというのも向うの町で大きなマーケットがあるからだった。フリーマーケットと呼ばれていたがフリーな訳がなく、多分場所代がフリーだったのではないか、と想像するが本当のところはどうだったのだろう。だだっ広い何もない埃っぽい地面むき出しの敷地に驚くほどの出店が並んでいた。話によると朝6時にはもう店が並んでいるらしく、プロのバイヤーは早朝に来てめぼしいものを買い求めるのだと聞いたことがある。私は勿論プロではなくて単に好きなだけだから、此処に到着するのは何時も9時か10時を回った頃で、だから多分プロが好むめぼしいものの多くは既になかったに違いない。それでも見て歩くのは楽しくて、同行者の相棒と、時には友人達も一緒に飽きもせず3時間も4時間も見て歩いたものだ。大抵お腹が空いたり喉が乾いたり足が疲れたりして此処を引き上げるのだが、そうしてはまた車で別の町へ行って同じようなマーケットを見つけては見て歩くのだった。私も相棒も友人達もこういうのが好きなのだ。類は友を呼ぶというが、全くだね、と言ってよく皆で笑ったのを思い出す。私と相棒はこういうマーケットで古い小さなラジオや蓄音機を買い求めることが多かった。壊れたものもあればちゃんと音が出るものもあった。いずれにしても薄汚れていて冴えない外見なのだけど、家で器用な相棒が修理して奇麗に磨くと美しいターコイズブルーのベークライトだったり、紫がかった茶色に光ったり、穏やかなクリーム色だったりで、それらを居間の棚の上に並べておくと家に来る人誰もが酷く褒めて、しまいには譲って欲しいと強請るのだった。そんな風にしてそういうのを幾つも買ったから、私達がアメリカを離れるときには古いラジオが50以上もあって、それから相棒が集めた莫大な枚数の蓄音機用の古いレコード、ああ、それから私が集めたガラス類やランプなど、どれも手放せなくて結局コンテナでイタリアに持ってこなくてはならなかったから、引越しが大掛かりになったうえに大変な出費となった。私達がイタリアに来てから2ヶ月も経った頃、コンテナがリボルノ港に入ってボローニャに届けられた。コンテナを開けると手伝いに来てくれた友人たちが驚いた。それは勿論あまりに沢山の段ボール箱が詰まっていたからだけど、その箱の半分くらいはバナナの箱だったからだ。バナナの箱。それはとても丈夫に出来ているので重いものを入れても大丈夫で、持ち上げやすいように左右に穴が開いていて、箱には勿論バナナの絵が描かれているのだ。面白いことにラジオや蓄音機を買い求めると店の人が持ちやすいようにと考えてか、バナナの箱に入れてくれることが多かった。アメリカの町ではバナナの箱を見かけることが多かった。大体バナナがとても安くて、あの頃20本もの大きな房のバナナが2,3ドルで買えたからか、それともアメリカに暮らす人達がバナナを好んでいたからなのか、店内ではバナナの山積み、そして店の裏へ行くと大抵バナナの箱が積み上げられていた。そういうのをマーケットに出店する人達は利用していたのだろう。家のベースメントにはいつの間にかバナナの箱ばかりが溜まり、それを引越しの際に利用した為に大半がバナナの箱だった、という訳だ。先日ボローニャ旧市街にあるアンティークのメルカートの片隅で、バナナの箱を見つけた。郷愁。ここでもやはりバナナの箱なのか。そう思ったら急に可笑しさがこみ上げてきた。

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コメント

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2010/05/12 (Wed) 06:23 | # | | 編集
No title

鍵コメさん、そんな工場が近所にあったんですか! 驚きです。本当のところは一体何のための工場だったんでしょうか。知りたいですねえ。もう知ることが出来ないなら、益々気になるというものですよ。
ボローニャも似たような天気で、一向に5月らしさが定まりません。じれったいです。うっかりするとこの調子で5月が終わってしまうのではないだろうか、と心配にもなってきました。

2010/05/12 (Wed) 23:09 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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