緑の壜

パスクエッタ(復活祭の翌日)の月曜日は大雨で始まった。夜明け前から雨が強く窓を打つ音で何度も目を覚ましては、ベッドから抜け出して外を覘いた。予報では月曜日は晴れになる筈だったが、どうやらはずれらしい。それにしても肌寒くて暖房のついていない家の中はまるで冬のようだった。そうして目を覚ますとまるで冬が舞い戻ってきたかのような灰色の空が広がっていた。夜明け前に感じた肌寒さは決して気のせいではなかった。室内温度計を見ると18度もない。冬のようだとぼやきながら暖房のスイッチを入れた。雨が降っては止み、降っては止む。連休の最終日に雨とは。そう残念がっているのは私だけではなかったに違いない。その雨が昼過ぎにようやく上がり、15時を回った頃には太陽が顔を出した。太陽が出ると窓の外の様子はいっぺんに変わった。小鳥たちは囀り、木々が背筋をピンと伸ばし、草花が露に輝き、人々が家から一斉に飛び出した。散歩を始める者あり、車に飛び乗って丘へと向う者あり。私と相棒は昨日電話を貰った山の友人を訪ねる為に家を出た。雨上がりの山は美しい。土は黒く、緑は濃く、空気が澄んでいるので見るものすべてが鮮やかに見える。山の斜面に放牧された馬達が軽やかに走るのを眺めながら、この雨が彼らの食料となる草を育ませるのに役立ったのならば我慢できるというものだ、と思う。友人の家に着くとまず出てきたのが黒猫のマザニエーロ。それから犬のピーナ。彼らとの付き合いは長く、そして良い関係を保っているから、多分私達が向うの角を曲がって坂道を折り始めた辺りから私達の気配に気が付いて、そわそわしていたに違いなかった。あらー、元気だったの? と挨拶を交わす。以前に比べると毛並みに艶がなくなったマザニエーロの背を撫でながら、年をとったと言うことかしら、と声を掛ける。すると、あら、あんたにそれは言われたくないわねえ、とでも言うように、いやな表情をしてニャッと答える。そんなやり取りをしているとようやく家の主である友人が出てきた。昼寝をしたら深い眠りについてしまい、私達の賑やかな声で目が覚めたのだそうだ。標高800mともなると4月とはいえまだ寒く、気温は10度もない。それでも植物は春を感じているらしく、無花果の木が新芽を出し、ローズマリーノが小さな薄紫の花を咲かせ、兎の耳と言う名の植物が綺麗な葉っぱを披露していた。久し振りに会えたことを喜びながら庭先で話をし始めたが何しろ寒い。特に寝起きの身には寒すぎたに違いない、大きなくしゃみを合図に家の中に入った。寒いから赤ワインを飲もう、と友人が提案した。寒いからなどと言うが寒くても暑くても丁度良い気温でも赤ワインを飲もうと提案する。要するに彼は赤ワインが好きなのだ。いつも何かしらの理由をつけて赤ワインを提案するので、それを耳にすると誰もがちょっと下を向いて、ふふふ、と笑う。彼の弟夫婦に生まれた2人目の男の子のこと、昨日の豪華な昼食のこと、この冬は雪が沢山降って山のあちこちで木が倒れたこと、その為に暖炉やオーブンにくべる薪が沢山あること。友人との話はいつだってこんな素朴で身近なことばかり。特別な話はないけれど楽しくて温かい。さあ、もう帰ろうか。そう言って外に出たところ、庭の隅で緑色のガラスの壜が光っていた。それはワイン農家から何リットルかまとめて買うときに使う壜だった。どうしてあんな所においているのかと聞くと、夕方になると太陽の光で緑色に輝いて美しいから、と友人は言った。友人からそんな言葉を聞こうとは期待していなかった。例えば数日前に置き忘れてそのままにしてあったとか、その類の返事がくると思っていた私と相棒は、彼のその感性にちょっと感激して、同時に自分たちが暫く忘れていた大切なことを思い出したような気持ちになって、互いに黙り込んでしまった。山からの帰り道、やっと口を開いた。あの緑の壜は良かったね。うん、とても良かったね。

コメント

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2010/04/06 (Tue) 07:35 | # | | 編集
No title

鍵コメさん、そんな身近な素朴なものに遠いイタリアを感じますか。イタリアと言う国は離れてみるととても懐かしく恋しく感じるものなのかもしれませんね。私も何時かそんな風に感じる日が来るのかもしれません。
最近いろんな面で冴えていないんです。ですから気持ちや状況を文字にするのがいつもより難しいのですが、地道に続けてみます。こちらこそ何時も有難うございます。感謝しているんですよ。

2010/04/07 (Wed) 18:39 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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