caffè

12月の終わりに友人から電話を貰った。友人の両親がナポリから来ているそうだった。私と相棒が友人の両親に初めて会ったのは随分前のことで、私が何とかボローニャの生活の軌道に乗ろうとして必死だった頃のことだ。新しい人間関係を受け入れる大きな器を持つ彼らは、見慣れぬ顔の異国人の私をそっくりそのまま受け止めてくれた。あまりイタリア語が得意でないくせに次から次へと話をする私に目を丸くしながら、いつも耳を傾けてくれた。その両親がボローニャに来ているから遊びに来ないかとの誘いの電話だった。生憎その後大雪が降って会うことが出来なかったが、ちょっといいカッフェがあったから、と言ってナポリのカッフェを土産に置いていってくれた。コーヒー豆を挽いたものが真空パックになったものであった。数日前、今まで使っていたものが終わったのでようやくナポリのカッフェの封を切ることになった。名前は聞いたことも無く、恐らく地元ブランドの、しかもマイナーなものらしかった。さて、どんなものやら。そう言いながら封を切った途端、驚くほどいい匂いがした。匂いを吸い込む。ああ、ナポリのバールで飲んだあの匂いだ、と思った。多分9年位前の9月のことだ。電車に乗ってナポリへ行った。私には友人の両親の他にもちょっとした知人がナポリに居て、話を聞いているうちに興味がむくむくと湧いてきたのだった。私は旧市街から少しはなれた海辺に宿を取り、毎日電車やバスにのってナポリの旧市街へ行った。9月の旅行客が少し減り始めたナポリはしかし日差しがとても強くて、まるで8月のようだった。ボローニャでは既に出回らなくなった桃が八百屋の店先に並んでいた。9月なのにまだ桃があるなんて。ねえ、まだ甘くて美味しいの? そう、店主に訊いてみると、勿論さ、甘くて美味しくないものなんか店に置かないよ、と言ってナイフでざっくり切り分けると、そのひとつを手渡してくれた。食べてみると本当に甘くて瑞々しく、それじゃあ、と5つ袋に入れて貰った。店主が桃を袋に入れながら、あんた、北の方から来たね、と言ったのには笑ってしまった。北の方のイタリア語だからということよりも、9月に美味しい桃がないなんて北の人間が言うことさ、みたいな感じが含まれていたからだった。うん、ボローニャから来た、と言うと店主はボローニャをひとしきり褒めたあとに、でも上手い果物はやっぱり南イタリアさ、と言って胸を張った。確かにこの桃はボローニャで食べたどの桃よりも美味しかったので、心から同感すると店主も店に居合わせた近所のご婦人達も嬉しそうに頷いた。私が持つナポリの印象はとてもよい。駅前やスパッカ・ナポリと呼ばれる地域に多発するスリにはとても緊張して鞄を抱える腕に力が入ったが、それ以外はボローニャでは見つけることが出来ないものが横たわっていた。のびのびとした青い空、海の匂い、陽気な太陽、賑やかな人々。でも何が良かったってカッフェだった。ナポリ旧市街をひとり彷徨っていた日のことだ。ナポリには何と沢山のバールがあるのだろうと驚いた。ボローニャどころの話ではない。バールの隣に2軒別の店があるとまたバールがあるなんてこともあった。あれはどの界隈だっただろうか。小さな古いバールがあって酷く混み合っていた。こんな店のカッフェは美味しいに違いない、そう思って中に入るといい匂いがした。注文したカッフェを口に含んでみると、それは私の予想を超える美味しさだった。美味しい。思わず声に出すと、先程まで珍しそうに遠巻きに私を眺めていた人々が、そりゃあそうさ、ナポリのカッフェはイタリアで一番美味いんだから、と口々に言った。うん、確かに。私が今までの人生の中で一番美味しいカッフェだった。あのカッフェと同じ匂い。友人の両親が土産に持ってきてくれたカッフェの匂いを嗅ぎながら、あの日あのバールで人々が言ったみたいに、そりゃあそうさ、ナポリのカッフェはイタリアで一番美味いんだから、と心の中で呟いた。

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2010/03/16 (Tue) 13:25 | # | | 編集
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僕がタオルミーナのナクソスで食べた桃は硬くて甘くなかったな~
でも繊維質を体が欲していたせいか、種を残して皮まで食べてしまいました。5,6個単位の販売だったので「1個ぐらいならやるよ」と言われましたが、それでは申し訳ないと思い、おおよそ1個分のリラを青年に渡すとニコッとしてくれました。

ナポリの中央駅からガリバルディ広場を抜けて露店が並ぶ広場に面したところにその名も「ホテル・ガリバルディ」って安宿がありまして、その隣のバールでよくエスプレッソをいただいてました。
僕が日本人だとわかると「アメリカーノ?」と言って、所謂日本で飲んでいるような珈琲を勧められましたが、きっぱり「un cafe per favore」とエスプレッソを注文。お湯で温めたカップにエスプレッソをなみなみ注いでくれました。そのバールのバリスタ、確かロベルトって名前でした。フィレンツェでよく通ったバールのバリスタも同じ名前。バリスタに多い名前なのでしょうか。

2010/03/17 (Wed) 02:26 | ひろぽん #79D/WHSg | URL | 編集
No title

鍵コメさん、イタリアのカッフェ、これに慣れてしまったら最後、これでないと駄目になります。濃い分だけ豆の質が問われますね。私は個人的にilly caffè が好きで家ではこれを使ってましたが、このナポリのカッフェのほうがずっと美味しくて、何とかこれからも手に入れることだ出来ないだろうかと思案しているところです。
ボローニャに来るときには是非声を掛けてくださいね。カッフェでも夕方のワインでもご一緒に。

2010/03/17 (Wed) 21:55 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
No title

ひろぽんさん、ナクソスで食べた桃は難くて甘くなかったですか。私がナポリで食べた9月の桃は大きな黄桃で程よく柔らかでとても甘くてびっくりでした。日本の桃のような甘くてデリケートなくらい柔らかいのはイタリアにはあまり見かけませんが、私がナポリで食べた桃は見かけは不恰好でしたけど日本の桃くらい美味しかったです。ナポリの桃もさることながら、カッフェの美味しいことといったら! イタリアだから何処でも同じとたかをくくっていたところ、例の小さなバールは飛び切り美味しかったし、他の小さなカフェやバールもボローニャとは比べようもないくらい深みがありました。
うーん、ロベルトと言う名前はですねえ、世代を超えてイタリア中の沢山の人がロベルトなんですよ。

2010/03/17 (Wed) 22:04 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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