シチリア

シチリアへ行ったのはもう何年も前のことだ。夏休みが取れないまま年が終わってしまった数ヵ月後に迎えた3月に、これから益々休みが取れないかもしれないから、と同僚が私の背中を押してくれて一週間の休みを取れることになった。当時、私の同僚は結婚式を控えていて、そうするとこれから休みがちになるし結婚式に続く旅行で暫く不在になることを思っての提案だった。私には何処かへ行く予定は無かったけれど前後の週末をくっつけると9日間の休暇だからと、シチリアへ行くことにした。理由は何だっただろう。単なる思い付きだったのかもしれない。でも前々からシチリアに惹かれていたのは本当だった。3月初めのボローニャはまだ寒くて誰もが重い真冬のジャケットを着込んでいた。天気も今ひとつだった。相棒はいま少し気乗りがしなくて何時までもぐずぐずしていた。別に一人旅だって良いのである。実際一人旅も好きだし。そうだ、空港へ行こう。ひとりでシチリアへ行こう。と、煮え切らない相棒に見切りをつけて、鞄を持って家を出ようとしたら、急に気が変わったらしく取りあえずの物を鞄に詰めてあっという間に車でのふたり旅が始まった。相棒とふたりの旅は本当に久し振りだった。鼠色の空で今にも雨が降り出しそうだったがウンブリア州を抜ける頃には青空が広がり、本当にボローニャから脱出したことを実感した。ローマもナポリも通過して到着したシチリアは、夕方になってもコットンのセーター一枚で充分なくらいの、一足先に春だった。確かにイタリアなのに目に飛び込む風景の何と違うこと。人々の日常生活の情景も、店に並ぶ青果も、町の在り方も、空の色も、海の色も。その晩私達は小さな町の海のまん前に宿をとった。部屋にはテラスが付いていて、其処から海が見えた。ザブン、ザブンと波の音がしては波が引いているのだろう、静寂が広がり、また波の音がした。相棒は波がうるさくて眠れないと文句を言ったが、そう言いながらあっという間に眠りに付いた。私はこの波の音が心地よくて耳を澄まし過ぎたせいか何時までたっても眠りにつけず、しかし波に抱かれているような錯覚に陥っているうちに深い眠りに付いたようだった。この部屋が気に入って私達はここに3日間留まった。旅行者がまだ少ない3月の、しかも旅行者の少ないこの漁村での滞在は、何よりの休養となった。その後、シチリア島を時計回りにぐるりと回ったが、何処でもオレンジがたわわに実っているのが印象的だった。ある町の中心を歩いていた時のことだ。街路樹がオレンジの樹だった。町の人達は誰も足を止めないし、気にもしていないようだった。しかし見れば見るほど美味しそうなオレンジが幾つも実っていて、私はその前から動けなくなった。すると通りがかりのおじさんが声を掛けてきた。とるといいよ。そう言われても思い切って手を伸ばす気になれず、もじもじするばかりだった。そんな私を見かねておじさんが、ほら、と言って捥いでくれた。手に載せられたオレンジはずっしりと重く、沢山の果汁が中に入っているのが直ぐに分かった。ありがとう。そう言うが早く皮を剥いて食べてみると、美味しい! それは赤くて甘くて果汁たっぷりのオレンジだった。何度も美味しいと言って喜ぶ私に、おじさんだけでなく通行人たちも満足したようだった。あれから私はシチリア産のオレンジが大好きで冬には欠かせなくなった。毎日3つ絞って飲む。これを飲んでいれば健康を保てそうな気がするのと、太陽の恵みが詰まったこれを飲んでいれば自分も太陽のようでいられる、そんな気がする。シチリアの思い出は沢山ある。あれもこれも大切な思い出。でも、一番はあの道端で捥いでもらった大きなオレンジ。素朴な地元の人とのふれあいも含めて。

コメント

No title

シチリアはパレルモ、シラクーサ、タオルミーナ、アグリジェントを訪れたことがありますよ。

タオルミーナはナクソスに宿泊し毎日ブラブラしていましたが、ドイツ人の綺麗な女将さんに「若いモンがブラブラしていないで、どこか行ってきなさい!」って言うもんだから言ったのがシラクーサとアグリジェント。
ほんとは本土周遊で疲れた体を休めようとタオルミーナに来たのに、逆に疲れてしまいました(笑)

まぶしい太陽とおいしい果物、陽気な人々。それらがかえって残酷な仕打ちのようにも思えました。ゲーテの「イタリア紀行」は読んでいませんが、寒いドイツから暖かいシチリアにやって来た彼がかの地についてどう感じ方興味は尽きません。

2010/03/05 (Fri) 03:31 | ひろぽん #79D/WHSg | URL | 編集
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2010/03/05 (Fri) 14:50 | # | | 編集
No title

シチリアオレンジの素敵な思い出ですね。
満足そうな通行人のひとたちの笑顔がめにうかびます。
このお話を読んで、ますますシチリアへ行きたくなりましたです。

今日の雪と寒さをかきけしたくて、
どさっとオレンジ買いました。
yspringmindさんのごとく、
太陽のようでいられますように-の願いをこめて今から絞ります。


2010/03/05 (Fri) 15:12 | topotopi #79D/WHSg | URL | 編集
No title

すみません訂正です。

どう感じ方→どう感じたか  でした。

2010/03/06 (Sat) 02:17 | ひろぽん #79D/WHSg | URL | 編集
No title

今晩は。
3月6日に、ようやく勇気を振り絞ってテラス席に座りました。
Piazza Maggioreのペトロニオ聖堂を背にして左側のbarのテラス席です。
朝の10時30分から11時30分まで。驚くほど居心地がよかったので、夕方4時30分から5時30分まで、一日に2回も同じ席に座ってしまいました。カプチーノが3€。でも充分に元が取れますね。
お陰様で、やみつきになりそうです。

2010/03/06 (Sat) 19:00 | Via Valdossola #79D/WHSg | URL | 編集
No title

ひろぽんさん、私もジャルディーノ・ナクソスに泊まりましたよ。タオルミーナは歩いてみて周るには素敵ですが、ゆっくりとするにはジャルディーノ・ナクソスのような地元風の場所が好みです。地元の人達の話によると3月と9月が旅行者が少なくて狙い目だそうです。3月でも日差しは強くて25度もありました。勿論海水浴にはまだ寒いけど。寒いドイツから来たゲーテも3月はまだまだ寒いボローニャから来た私も多分同じようなことを感じたのではないかと想像します。

2010/03/07 (Sun) 01:29 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
No title

鍵コメさん、こんばんは。そんな食べ方があるとは知りませんでした。美味しいのでしょうか、その食べ方は。シチリアのオレンジはまるで砂糖が入っているみたいに甘くて美味しいです。

2010/03/07 (Sun) 01:30 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
No title

topotopi さん、イタリア各地に昔の良さが残っていますがシチリアには他の地方よりも沢山そのまま残っているような印象があります。素朴さとか人情とか。それに空と海の青の美しさといったら、見て貰わないことには分かって貰えないでしょうね、こればかりは。是非行ってみてください。今日、私も沢山オレンジを買いました。熟れて赤くて甘いオレンジ。身体も心も元気になりますね。

2010/03/07 (Sun) 01:34 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
No title

Via Valdossola さん、こんばんは。遂にテラス席に! 嬉しいなあ。驚くほど居心地がよかったので一日に2回も同じ席に座ってしまったなんて。ああ、もっと早くに体験して頂きたかったです。でも、良かった。帰る前に小さな良い思い出が出来ましたね。しかしですね、午後は私も旧市街に居たんですよ。ただ、私は4時15分に96番のバスに乗ってしまったので残念ながら遭遇できませんでした。いつも近くに居るのに、どうしてばったり会わないでしょうか。

2010/03/07 (Sun) 01:39 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2010/03/07 (Sun) 14:16 | # | | 編集
No title

鍵コメさん、成る程、甘ければ尚更美味しいですか。試してみます。ところでどうやら同世代のようですよ、親子揃って。

2010/03/07 (Sun) 19:06 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する