ウールの長袖シャツ

ピアノーロとボローニャ旧市街を繋ぐ96番のバスはVia Santo Stefano を通る。土曜日の早い午後にふと思い立って家を出てボローニャ旧市街へ行く時は大抵終点より幾つか前の停留所で下車する。別に急いでいる訳ではない。ふと思いついて家を出てきただけなのだ。時間を気にしないで良い土曜日の午後なのだからと、わざと手前で下車するのだ。Via Santo Stefano の散策は快適だ。暑い夏も雨の降る日も深々と冷え込む日も苦になることはない。何しろ道の両脇にポルティコが長々と続いているからだ。建物ごとにポルティコの色や様式、天井の高さが変わる。そんなことを気にしながら歩くのも楽しい。この日は旧市街の中心に向って左側のポルティコの下を歩いていた。全然洒落ていないのにいつも客が入っていてそれなりに繁盛しているらしい角のバール、旧市街の高い物件ばかりを集めたような不動産業者、高級なアンティーク店。そしてそのもう少し先に下着を売る店がある。前から知っていたがここで物を買ったことはない。質も趣味もよいが私にはちょっと高すぎるからだ。それなのにこの店の前で足を止めたのは、ショーウィンドウの鞄と帽子が私の目を惹いたからだった。帽子は柔らかそうな上質の革製。鞄も革製に違いない。この鞄の色と言ったら。何年も前にこの色のモカシンシューズを持っていて大の気に入りだった。遂に履き潰してしまったけれど、あれにこの鞄を合わせたら完璧だっただろう。そんなことを思いながらショーウィンドウの中を覗き込んでみると、何と帽子も鞄も粘土製だった。粘土で模って上手い具合に色を塗った、という訳だった。それにしても本物みたい。凄いなあ、凄いなあ。と独り言を繰り返していたら、向こう側に温かそうな長袖シャツが奇麗に折りたたんで置かれているのが目に入った。ウールとシルクの混合だろうか。温かそうなのにごそごそしてない。これなら寒い冬も大丈夫だろう、と思ったところで思い出した。初めてブダペストを訪れたのは何年も前の12月だった。その少し前に相棒と大喧嘩をして一応和解したものの内心は憤りと怒りとやりきれない気持ちに満ちていた私は、いつもの生活グラウンドから脱出したくて急にブダペストへ行こう、と決めたのだった。多分こういうことだ。私はこんな近くに住んでいるのに会えそうでなかなか会えないブダペストの友人を訪ねて何か話をしたかったのだ。そうして訪れてみるとブダペストは私が想像していたよりもはるかに美しく、そして友人と過ごす時間は願っていた以上に私を静かな気持ちにさせてくれた。ボローニャを出たときの憤りも怒りは蒸発して消えて、私はいつもの冷静で淡々とした自分らしさを取り戻した。それにしても寒かった。露になっている皮膚がぱりぱりと乾いてひびが入ってしまいそうな、痛いような冷たい空気が町を覆っていた。氷点下15度だった。その年のボローニャの冬は割りと過ごしやすかった。それでそんな装いでブダペストを訪れてしまったから、寒くて寒くて仕方なかった。なのに町を歩く若い女性達の薄着なことと言ったら。そう驚く私に友人が言った。ハンガリーの人達は、あんな薄着そうに見える、ほら、あんな格好いい女性達だってジーンズの下は足首まで包み込むウールのズボン下って奴を履いているの。あのシャツの下だってウールの長袖シャツを着てるの。知ってるの。知人が見せてくれたもの。そういって笑った。友人もまた、冬は上から下まで全身ウールの下着で包み込むのだそうだ。だから寒そうに見えるが、寒くない。そう言ってまた笑った。あれから何年も経ってこの冬初めてウールとシルクの混合のシャツを着た。お洒落じゃないが、成る程、確かにこれなら薄着なようでも温かい。重ね着し過ぎない分、肩が凝ることもない。それにハンガリーの若い女性達だって着ているんだし。あーあ、もっと早くに買えばよかったなあ。と初めてシャツを着用した日にそう思った。粘土製の鞄と帽子の向こう側に幾つも積み重なったシャツの山を見ながらそんなことを思い出して、人目を忍んでにやりと笑った。

コメント

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2010/02/27 (Sat) 16:05 | # | | 編集
No title

鍵コメさん、冬はやはり如何に寒さから身を守るかが肝心ですね。鍵コメさんのお勧め商品、なかなか手に入りにくいようですが、チャンスがあったら是非購入したいと思います。

2010/02/28 (Sun) 00:22 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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