安眠

随分静かだと思ったらいつの間にか雨が降り始めていた。窓の外側に取り付けてある日除け戸を閉めようと窓を開けるまで全く気がつかなかった。そのくらい静かな雨だった。数日前とは比べようもないくらい温暖だが、昨日のようなわくわくするような温かさは何処にも無い。霧雨のような細かい雨、しんしんと身体に染みこむような冷たい雨だった。サント・ステーファノという名の今日は、昨日に引き続き祝日。近所の人たちはいったい何処へ行ってしまったのか、物音ひとつしない。何処かへ小旅行だろうか、それとも家で静かにのんびり祝日を過ごしているのか。私は数日前から一年を奇麗に締めくくる為の片付けに夢中だ。夢中というと楽しそうに聞えるけれど、別に楽しんでいるわけではない。残り数日になった今年のことを今年中に何とかしようとか、不要なものを処分してみたり、乱雑になっている書類を整理してみたり。手をつけ始めると終わりが無いのではないかと思われるほど次から次へとすることが見つかった。何しろ何年もそんな片付けごとをしていなかったから、自分でも驚くほど沢山あるのだ。しかし私は切羽詰っていないのだろう、出て来たものを開いては色んなことを思い出し、暫くその手が止まってしまう。寝室に置かれた小さな家具の小さな引き出しを開けたら石ころがでてきた。石ころと言っても道から拾ってきたものではない。多分、河や海辺で拾ったに違いない不恰好で丸くて平たい石。真珠色に色付けされている。上面には優しい顔の天使が描かれていて、天使は石ころを手のひらに乗せた私をじっと見上げているように見えた。忘れていたな、こんな所にしまいこんでいたのか。それは2年前の12月の半ば頃、隣の会社の女性社員がクリスマスに贈ってくれたものだった。彼女は何人も居る隣の会社の社員の中でもとりわけ賢くて優しい、本当の意味での物事の良い悪いがよく分かる女性だった。私よりもずっと若いのに、時々通路で私を呼び止めては、どうしたの? 話してごらん? と私の肩を抱くのだった。それで2年前のクリスマス前、同じように私を通路で呼び止めて小さな包みを手の上に乗せてくれた。包みを開けるとこの石ころが出てきた。枕元に置いてね。天使があなたを見守っていてくれるから、安心して眠れるの。そう、彼女は照れながら教えてくれた。私は彼女の気持ちが嬉しくて、有難うはもう充分! と彼女が遂に言ったほど、抱きついて何度も有難うと言ったのを覚えている。彼女が言ったとおり不安や心配事を一切忘れて安眠できた。その石ころを何時だったか引き出しの中にしまいこんで、すっかり存在を忘れてしまった。あれから私の職場が引っ越して、彼女と会うことも無くなった。彼女、どうしているのかな。元気にしてるといいけれど。手のひらに乗った天使の石ころを指で撫でてみると天使が嬉しそうな顔をしたように見えた。枕元に石ころを置いた。今日からまた安眠だ。

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