眼鏡探し

12月になって気温が急降下している。朝晩の気温は限りなく零度に近く、窓から顔を出して息を吐くと濛々と白く煙る。今のところ12月にしては温暖だけど、そろそろボローニャ近郊の標高の高い山の町で雪が降るそうだから、これからボローニャもぐっと冷え込むに違いない。それにしても昨日から今日にかけてよく雨が降った。昼過ぎに旧市街へと繰り出したら、道という道、広場と言う広場がすっかり雨に洗われて奇麗になっていた。空気も洗浄されたらしい。ボローニャにしては空気が澄んでいた。今でこそ慣れてしまったが、ボローニャに暮らし始めたばかりの頃、妙に咳が出た。5月と言う素敵な気候だったし、風邪など引いてもいなかったので不思議でならなかった。が、気が付いたのだ。排気ガスだ。あの頃は車の規制が今ほど厳しくなかった。ボローニャ旧市街にも車が沢山進入していたし、兎に角驚くような数のオートバイが車の列を縫うようにして走っていた。アメリカの空気の良い海の町から引っ越してきた私の肺は、ボローニャの空気に驚いたらしい。小さな咳が止まらなくて周囲の人を心配させた。何時あの咳が止まったのだろう、と幾ら思い出そうとしても思い出せない。兎に角いつの間にか止まったのだ。私の肺が慣れてしまったのか、それともボローニャの空気が良くなったのか。分からないけど、どちらでも良い。兎に角咳が止まったのだから。旧市街は混み合っていた。12月の週末は何時だってそうだ。家族や恋人への贈り物を求める人達が週末になると旧市街に集まる。自分への贈り物を求める人だっているだろう。私はと言えば自分への贈り物ならぬ、眼鏡を探す為に旧市街にやって来た。眼鏡が好きだ。素敵な眼鏡を掛けている人を見るのも好きだ。でも眼鏡自体を好きな訳で、眼鏡を掛ける行為はあまり好きではない。疲れるのだ。顔に何も引っ掛けていない方がやはり楽なのである。だから車を運転しないとき、テレビや映画を観るとき以外は眼鏡を掛けないことが多い。しかしどうやら常用しなくてはならないようだ。降参して眼鏡を常用することに決めた。そうと決めたら毎日掛けたくなるような気に入った眼鏡が欲しくなった。それで旧市街に探しにやって来たという訳だ。ところで眼鏡探しと言うのはそう簡単ではない。正直言って自分の足に合った歩きやすくて疲れにくい靴を探すのと同じくらい大変だ、と言うことが分かった。見掛けが素敵でも実際掛けてみると顔の形にフィットしないものが何と多いこと。それからデザインにしても素敵だと思ったものが自分に似合うとは限らない。意地悪そうに見えたり、老けて見えたり、反対に子供に見えたりと。私は気に入った物は5年も10年も大切にする代わりに、購入するとき妥協できない性格だ。だからひとつのものを求めてひたすら歩き回る。そんな私に相棒や友人たちは大きな溜息をつくけれど。店の外からショーウィンドウを覗き込んで、いいなあ、などと言っていた頃のことが懐かしい。やっとこれだ! というのに出会ったところ、自分の収入の半分にも及ぶ高価な眼鏡だったりして再び振り出しに戻ってしまった。いくら気に入ったものが一番でも、私にだって多少の経済観念があるのである。それに身分不相応って言葉だって知っているのだ。そうして11軒の眼鏡屋さんを渡り歩いているうちに空はすっかり暗くなり、腕時計を見るともう7時を回っていた。そういえば足も疲れてお腹も空っぽだった。たかが眼鏡、されど眼鏡。続きは次の週末に。バスの中から窓の外に広がる、夜になっても一向に人が減らない土曜日の旧市街を眺めながら家路に着いた。

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