Vignola (ヴィニョーラ)・町歩き

ヴィニョーラの町なかは静かだった。多くの店は昼休み中で、町の人々もまた昼食後の休憩を自宅で楽しんでいるようだった。教会の横のバールには幾人かの老人達が陽を浴びながらカード遊びをしていたが、それ以外は殆どひと気がなかった。教会の前から真っ直ぐ伸びる道も左右に走る道もアスファルト舗装はされていなかった。河から集めてくるのか色とりどりの丸い石と赤茶けた煉瓦を敷き詰めている。雨が降ったら雨水が嫌でも道の中央に集まって下水道へと流れ込む仕組みまでされている。誰が一体考えたのか、なかなか賢い上に美しい。しかしこの石畳では自転車はさぞかし走り難いに違いない、と思っていると後ろからチリンと自転車のベルを鳴った。黒いハンチング帽を被った、推測するに80歳は下らないであろう老人が背後から自転車でやってくるところだった。ポルティコの下を我が物顔で通行する自転車に乗った老人は、危ないよ、どいてくれ、と言わんばかりにまたベルを鳴らした。自転車は路上ではなくポルティコを走るらしい。そういえばこの町のポルティコはボローニャのそれよりも幅広である。何となくこの町のルールみたいなものが分かり始めた。しかし老人ばかりだ。若者は何処で何をしているのだろう。ヴィニョーラの小さな旧市街を巡る石畳をなぞりながら歩き回った。そして気が済むと広場へと続く古い厚みのある門をくぐった。町の真ん中に存在するヴィニョーラの城もまた昼休みだった。城と呼ぶには小さすぎる、が確かに中世の時代に城として使われていた。城の周囲には堀が設けられているが堀の直ぐ向こう側には民家が建てられていて、その様子を見るのはなんとも可笑しい。あの民家の窓からは城が見えるのだろう。毎日朝のカフェを淹れながら、それから夕食の用意をしながら城を眺めるのだろうか。ちょっと羨ましい。城の門が開くのを待つ夫婦が腰を下ろして日向ぼっこしていた。子供達はじっとしていられないらしく、奇声を上げながら広場のあちらからこちらへと走り回り、たまに転んでは大声で泣き、そして気が済むとまた奇声を上げて走り回った。城の中一度だけ入ったことがある。あの時は中で何かの会合があって閉館だった。がっかりしていると丁度中に入ろうとしていた館員がちょっとだけならと中を見せてくれたのだ。実際本当にちょっとだけだった。でも館員の気持ちがとても嬉しかった。イタリアならば当たり前の昼休みだけど、ヴィニョーラの昼休みの徹底さには完敗だった。多分この町はこれで良いのだ。町の人達もまたこのリズムで生活しているに違いない。広場の右手から歌声が聞えてきた。美しい振動のようなテノールだった。バロッツィの館 (Palazzo Barozzi) の二階に音楽院があるのだ。そして私達はテノールに誘われて館のほうへと歩き出した。

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