異国人

ジョヴァンニが居なくなってしまった。ジョヴァンニとは相棒の友人で、そんなことで私とも何らかの繋がりのある人だ。率直に言えば私の直系の友人ではないが、かと言って友人ではないとは言い難い、曖昧ながらも強いつながりのある人、知人よりももう少し友人に近いと言うといいかもしれない。困っているといつもジョヴァンニがいた。彼はそういう人なのだ。口喧嘩をして暫く互いに口を聞かなかった相棒とジョヴァンニの為にピッツェリアでの夕食を提案したのは無花果の実がまだ小さかった夏の頃のことだ。それぞれの夏休みが終わって再び仕事に戻ると互いに生活が忙しくなった。三人の予定を上手く纏めることが出来なかったが、さて、一息ついたところでそろそろ・・・と腰を上げたらジョヴァンニが居なくなってしまった。近所の人は意地悪そうに、彼は夜中に荷物を持って車で出て行ったと言った。しかし私は思っていたのだ、荷物を持って車で何処かに出掛けたのだろう、と。人の見方とは面白いものだ。彼に好感を持っていない近所のその人は悪い解釈をしたのだろう、そうに違いない。しかし本当にここから出て行ってしまったのかもしれない、と思い始めたのは一週間経っても彼が戻って来なかったからであった。普通の社会人はこんな時期に長い休暇を取れる筈がないのである。どうしてだろう。何か大きな問題を抱えていたとは思えないけど。悪いことが無いといいけれど。時々相棒がそんなことを口にするようになった。私も色々考えた。家賃を払えないような人ではない。家賃を踏み倒すような人でもない。あの女性だろうか。彼に夢中だった、頻繁に彼のところに通っていた彼女。彼女を撒く為に出て行ったのかもしれない。いいや、そんな筈はない。彼女とは上手く行っていたらしいから、そんな理由ではないだろう。ジョヴァンニ、あんた一体何処に行ってしまったの? 相棒に電話を掛けるよう急かしたが、こんな風に居なくなってしまったには何か理由があって誰にも知られたくないのだろうから、もう少し待ってみようと言う。しかし何の連絡も無いことに煮を切らせてやっと彼に電話することになった。彼は簡単に電話口に出た。やあ、元気かい。いつもと同じ挨拶だったが、驚いたようだった。急に居なくなっていつまで経っても帰ってこないから心配しているのだというと、彼は一瞬口を噤んで、そうして話し出した。ボローニャでの生活は上手くいっているようで上手くいっていなかった。長年ボローニャに住んでいるが、やはり自分の町ではない。この夏故郷に帰ってそれを実感したのだそうだ。前から感じていたことだけど、年をとればとるほどその感が強くなって帰ることを決めたのだそうだ。そうか、そういう理由だったか。しかし一言声を掛けてくれても良かったではないか。友達じゃないか。そう残念がる相棒の言葉にまた口を噤んで、少し経ってから別れが寂しいから誰にも言わずに出てきてしまったと言った。今彼は故郷のカラーブリアの丘の家で老いた母親と一緒に暮らしているらしい。其処はまだ夏の日差しが残っていていて、近くの海辺は甲羅干しする人で賑わっているらしい。此処はいいよ。うまくやっていくよ。やっぱり僕の根っこはこの土が一番合うらしい。明るい声でそう言いながら、明るく別れを告げた、らしい。相棒から電話の内容をすっかり聞き終えるとひどく悲しくなった。彼は長い間ずっとそんなことを考えながらボローニャに生活していたのか。イタリアという国は町や州が単独の国かと思うくらい習慣も文化も違えば、暮らす人々の意識だって違う。だからイタリア人だけど私と同じに異国人の気持ちを味わいながら生活していたのかもしれない、彼は。いいや、私は単純だから案外うまくやって来たけれど、繊細な感覚を持つ彼のことだから小さな違和感を積み上げていたのかもしれない。でもジョヴァンニ。あんたってば寂しいじゃない。誰かに本当の気持ちを打ち明けても良かったんじゃないの? 宙に向って訴えるが、ジョヴァンニはもう居ないのだ。クリスマスになったらまた電話してみようか。やあ、元気かい。きっと、またそんな風に電話に出るに違いない。

コメント

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徘徊中にお立ち寄り。
ジョヴァンニ・・・昔から知っている人のように思えました、ブログ読み終えたあと。

2009/10/18 (Sun) 00:03 | alpage #79D/WHSg | URL | 編集
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こんにちは。
これは現在進行中の実話ですよね?
物語のような・・・でもイタリアって、そんなに地域ごとに異なるのですか?
いつもスカイプで日本と連絡を取り合っている私には、距離はあまり気になりませんが、でも徐々に疎遠になってしまうのかもしれませんね。
もしyspringmindさんや相棒さんが、彼に正直な気持ちを打ち明けられたら、なんて答えてあげたのでしょうか。それも非常に気になります。私も知りたいからです。どうしたらよいのか・・・。
「自分なりに考えて、探せ!」は酷だし、彼もそうしていたのでしょうけど、また「単純に生きろ!」は彼には無理ですよね・・・(悩)
やはり彼は、出て行く最後まで繊細な人だったのかな。

2009/10/18 (Sun) 09:26 | Via Valdossola #79D/WHSg | URL | 編集
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alpageさん、こんにちは。徘徊中のお立ち寄り有難うございます。ジョヴァンニってホントいい人なんですよ。

2009/10/19 (Mon) 18:09 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
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Via Valdossolaさん、こんにちは。イタリアは腰を据えて暮らして周囲の市民、若い人は兎も角として40代50代、それ以上の人と深く関わっていくと、如何に人々が自分の町に誇りと愛着を持っているかが分かります。そして自分の町が一番、と譲らない所も凄いです。職を求めて他の町に行く人たちも一年に1,2度は自分の土を踏みに帰ります。それは他の国とはちょっと比較できないくらい強い思いのようです。日本人はその点から見るとかなりあっさりしているかもしれません。いや、環境の変化を受け入れる業を知っているといったほうがいいのかもしれません。私にしても長いことはなれていますが、それでは日本に帰ろうか、と思うかと思えば今はもうボローニャの土が馴染んでしまっていて居心地のよさすら感じている。
多分私たちがジョヴァンニに何か言ったとしても彼の気持ちは替わらなかったと思いますよ。うーん、そうだねえ、と言いながらもやはり同じ道を選んだでしょう。私達にとっては寂しいことですが、多分彼は今良い決断をしたと思っているに違いありません。そして私もまた、故郷に戻って生活することを決めた彼の決断が良いものだったと思いたいと思います。

2009/10/19 (Mon) 18:23 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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