夏の出発

7月になった。暑かったり涼しかったり、一向に安定しないボローニャの気候であるが、今日はその暑い日あった。街角の温度計が37度を示しているのを見て、どうりで蝉が勢いよく鳴いている訳だと納得した。蝉は涼しいと鳴く気にならないのか。いや、それとも蝉は暑い暑いと鳴いているのかもしれない。だから暑い日に鳴くのかもしれない。と、それは当の本人に聞いてみなければ解からぬことだけど。6月30日の夕方から今日までに一体どれだけの人が町を脱出したのだろう。そうだ、6月30日の夕方、ステーションワゴンの後部のスペースを上回る沢山の荷物を押し込もうと苦戦している人たちを見た。どうやら彼らは一家4人で何処か遠くへ出掛けるらしく、後部席には子供達が、そして中年の夫婦がぎゅうぎゅうと荷物を押し込んでいた。彼らは海の町に家を借りたのだろうか。それとも彼らは他の町の出身者で、これから実家へと車を走らせるのだろうか。ボローニャからカラーブリアやプーリアへの道が毎夏大渋滞なのは、そんな人たちによるものだ。勿論、ボローニャに暮らす人達が美しい海を求めて南の町へと車を走らせることだってある。兎に角あの辺りの海ときたら、全く息を呑むような美しさなのだ。誰だって行きたい憧れの海なのだから。苦戦する夫婦を眺めながら、今年もまたそんな時期になったことを実感した。相棒の両親がまだ元気に動き回っていた頃、彼らは毎年7月になると海へと発った。それは彼らの大きな楽しみで、7月丸々1ヶ月間海の町に家を借りて夏らしい気ままな生活をするというものだった。毎年クリスマスになると海の家の持ち主がクリスマスの挨拶の電話をしてくるのだ。つまり、次の夏も来ませんか、来ますよねえ、みたいな挨拶兼営業電話なのだが、相棒の両親はその声を聞いた瞬間から夏のプランを考え出して心を弾ませた。言い換えれば夏への期待の切り替えスイッチ、みたいな電話だった。復活祭の翌日には海へ向った。海の家の持ち主を訪れて7月分の家賃をすっかり払い、まだまだ先の夏の楽しみをみんなで語り合った。大抵同じ家で、周囲にも昨年と同じ人が集まった。この時期だけのご近所さんだった。あんなに好きだった海の1ヶ月だったのに、いつの間にか山の1ヶ月を好むようになった相棒の両親の心境の変化は計り知れない。年をとるというのはそういうものなのかもしれないなどとうっかり言ったら、空の上から舅の癇癪声が聞えてきそうだ。年寄り扱いするなと。それにしても町のあちこちの日除け戸がきっちり閉められている。みんな一足先に休暇でいいね。仕事帰りにそんな独り言を呟きながら町をとぼとぼ歩いた。

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