麦畑の頃

今年のボローニャは驚くほど沢山雨が降った。いつまで経っても肌寒かったせいか、私が暮らすピアノーロの丘の麦畑は何時までたっても色付なかったが、気が付いたらいつの間にか辺り一帯が金色になっていた。風が吹くと金色の波のように見える。その様子を眺めていると色んなことが思い浮かんでは空に向って消えていく。昔見たフランス映画では、この波打つ金色の真ん中を恋仲の男女が駆け抜けていったものだ。とても自然な姿に見えた。勿論映画だから作られた一場面であるけれど。その様子が思春期の私の目に焼きついて何時か体験してみたいと思っていたが、遂に一度もそんな機会を得ることがなかった。その代わりに全てが美しく見えて全てが可能に思えた若い時代に、そんな気持ちになる恋をした。今思えばどうしてそんな気持ちになれたのか不思議でならないが、恋をするというのはそんなものなのだろう、と解する。純粋に人を好きになると言うのは素敵なことだ。それが恋愛感情であっても、単なる友情であっても、尊敬のようなものであっても、好きになるのは素敵だと思う。自分自身がが豊かになる秘密のエッセンスみたいなものだと思う。そんなことに気が付いたのは勿論大人になって物事を客観的に冷静に見ることが出来るようになってからだ。もっと若い時に気が付いていたら良かったのに。そうしたらもっと豊かな自分になっていたかもしれないのに。7月を前に美しく色付いた麦の刈取りが始まり、もうじきこの一帯から姿を消す。来年までこんな回想ともお別れだ。ピアノーロの丘から麦畑がすっかり姿を消したらば、本格的な夏が始まる。

コメント

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金色の麦畑・・・。
私も映画では、いくつかのシーンが浮かんできます。
フィレンツェが舞台の「眺めのいい部屋」、
音楽がテーマの「奇跡のシンフォニー」の冒頭シーン、etc.・・・
人間て、いろいろな事を体験して、
初めて、物事がわかるものなのですね。
それを若いときに、感じられる人と、
大人になってから感じられる人と、
人それぞれで、私もyspringmindさんと同じように、
大人になってから、いろいろ気づきました。
でも、それに気づかないで生きていくより、
いつにしろ、気づいたということに、意義があるような気がしますけど。。

2009/07/01 (Wed) 12:06 | bluemillefeuille #79D/WHSg | URL | 編集
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映画で見たこの金色の海原を見たくて、どうしても見なければならないと思い、7月1日にピアノ―ロに行ってきました。バスを乗り継ぎ、Pianoro Vecchioというバス停で降りましたが、周りの景色は、すでにすべて刈り取られたあと。バス停前でパニーノとジェラートを食べて帰りました。でも避暑地みたいで素敵なところですね。今度は電車で行ったらまた違った感じを受けるかもしれません。でも残念、この目で本物を見たかったです。

2009/07/01 (Wed) 15:55 | Via Valdossola #79D/WHSg | URL | 編集
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bluemillefeuilleさん、私は何に関しても時間のかかる人間で、遠回りばかりしているような気がします。だから後から、ああ、そうなのか、と気が付くことばかりです。実に自分らしいと苦笑してますが、でもbluemillefeuilleさんが言うように気づいたという事に意義がある、と思っているところです。麦畑は青いのも金色のも大好きです。ただひたすら麦畑でそれ以外何もありませんが、見ていると色んなことが解かってくるのです。

2009/07/01 (Wed) 22:53 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
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Via Valdossolaさん、凄い行動力ではありませんか。金色の海原が見たくてプアノーロ・ヴェッキオまで行きましたか。あの辺りは確かにもう麦の刈り入れは終わっていますね。906番のバスでもっと先の山のほうへ行くと、ひょっとしたらまだ刈取りが終わっていないところがあるかも知りません。その辺りは今頃の時期、夜9時半を過ぎて暗くなると蛍が飛んでいて奇麗なんですよ。ところで避暑地みたいで素敵でしたか。住んでいるとちっともそんな気はしませんが、これからそんな言葉を時々思い出して見たいと思います。確かに、ボローニャの街中から来る人には避暑地っぽいかもしれませんね。気温も少し低いし。

2009/07/01 (Wed) 23:00 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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