爽快感

金曜日だ。暑いには違いないが風が吹いて気持ちのよい午後である。それでは夕方に旧市街を散歩しようか、それともカフェに立ち寄って冷たいお菓子でもつまもうか、食前酒を楽しむのも良いだろう。そんなことを考えながら午後の時間を過ごした。午後の時間と言うのはつまり、午後の仕事時間というわけだ。淡々とした時間も金曜日の午後となれば特別で、その後の楽しい事を考えればどんなことでも乗り切れるような気がするし、同時にどんなことも起きずに速やかにきれいに終わって欲しいとも思う。多分、楽しいことを前にした人は皆、多かれ少なかれそんな風に思うのではないだろうか。私の午後は滑らかで全てが上手く終わった。それなのに旧市街でバスを乗り換えただけで何処にも寄らずに帰ってきてしまった。夕立にあったのでもなければ急に体調が悪くなったのでもなかった。急用が出来たのでもないし、気が変わったからでもなかった。帰り間際にとんでもない事があったのである。そう、とんでもなく可笑しいこと。さあ、バスに乗って旧市街へ行こう! と言わんばかりに職場を出る準備をしていた時、同僚が言った。食べてみますか、と差し出されたものは濃い紫色の小粒だった。大豆にも似た形の丁度同じような大きさのそれを、母親が送ってくれたブルーベリーなのだと彼女が言った。それを聞いただけで口の中に甘酸っぱい美味しさが広がるような気がした。ブルーベリーは美味しい上に視力回復や疲れに効果があると聞いている。素晴らしいではないか。ひとつ摘まみあげた。すると、もうひとつ勧めてくれた。そして私達は同時にそれを口の中に放り込んだ。味はなかった。さっき想像した味の代わりに妙な食感があった。ひょっとしたら噛むと良いかもしれない。私達はもぐもぐと口を動かし始めた。うーん、不味い。何だろう。そう言いながら私達は職場の外に出た。大抵途中まで一緒にバスに乗るのだ。ふと彼女の口元を見ると、まあ、唇が紫色。そう彼女に言いながら、もしやこの口の中にある物の色なのではと思いつき、歯も紫色になったりしてね、などと冗談半分に言ってみた。すると笑った瞬間に見えた私の歯を見て彼女が仰天するのだ。うーん、凄い! 冗談が本当になった。慌てて職場に戻り何十回もうがいをしたが、歯も歯茎も、つまり口の中は何処も彼処も紫色であった。観念した私は諦めて職場を再び後にした。あの小粒が入っていた袋には、ちゃんと注意書きが書いてあった。噛まずにそのまま飲み込むようにと。つまりそれは、私達の考えていたような菓子の類ではなくて、サプリメントみたいなもの、らしかった。多分、私達がもう少し思慮深かったら、もう少し知恵があったらば、口に放り込む前にそれを読んでいたかもしれなかった。そう思うと、口の中が真紫色になってしまった怒りや悲しみや失望感などはこれっぽっちもなく腹の底から大きな笑いが沸き起こって私達は歩きながらお腹を抱えて笑い出した。袋にはこうも書いてあった。一日一粒。私はふた粒も食べてしまったのだ。歯も紫色になる訳である。そう言ってはお腹を抱えて笑い、目がさっきより良く見えるようになったような気がすると言ってはまた笑い、最後には涙が出てくる始末だった。しきりに恐縮する彼女だったが、金曜日の最後がこんな楽しい笑いで締めくくることが出来て私はとても嬉しかった。ああ、こんなにお腹の底から笑ったのは何ヶ月ぶりだろう。必要だったのだ、こんな気持ちの良い笑いが。気持ちが良かった。爽快感、そんな言葉がぴったりだった。それでいて家に真っ直ぐ帰ってきたのは、勿論歯が紫色で格好悪かったからである。洒落た店の中でこんな歯を見せて食前酒を注文するのはちょっとだなあ、と。

コメント

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こんにちは。2回目です。暑かったんですね・・・本当に。3月末にボローニャに来てから5月22日まで冬ものを着ていました。暑いのは気のせいだと思って・・・でも本当に暑かったのですね。ようやく確認できました。衣替えします。ありがとうございました。

2009/05/23 (Sat) 08:50 | Via Voldossola #79D/WHSg | URL | 編集
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Via Voldossola さん、こんにちは。一昨日まで冬物着ていましたか!それは暑かったことでしょう。今日昼間のテレビのニュースでボローニャは35度あると言っていました。暑いはずですね。5月下旬にしてこんなに暑いと言うことは・・・脅かすつもりはありませんが、どうやら暑い暑い夏になりそうですよ今年のボローニャは。

2009/05/24 (Sun) 16:58 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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