らしさ

サン・ペトロニオ教会と公証人の館の間に一筋の道がある。町のど真ん中であるのにこの路を選んで歩く人は意外に少なくて、妙にひっそりとしている、それが私の気に入りで抜け道がてらここを通ることが多い。道の入り口ともいえる部分に教会にへばりつくみたいにして小さな店が存在する。店。まあ、屋台みたいなものだ。何時無くなっても可笑しくないような簡易な造りの店であるが、私がボローニャに暮らす年月よりも長い歴史を持っている。細々と商いを継続しているという感じ。それとも私が知らないだけで案外繁盛しているのかもしれない。この店の前を歩く時は必ず、16年前に初めてボローニャを訪問してこの店の前を通りった日のことを思い出す。子供の小遣いで買えるような小さなみやげ物が並んでいてあまり私の関心を惹かなかった。店の片面には古臭い絵葉書がずらりと並べられてあった。どれも似たような構図と色合いの写真で、どれも30年も前の写真のように見えた。他の町で売られているようなモダンでシャープな感覚は全く無かった。こんなの買う人いるのかしら。そんなことを考えながら見ていると、次から次へと売れていく。ヨーロッパのどこかの国からやって来たに違いない若者達が、見るからに何十年も前に写したような写真の絵葉書をつまみ上げては何枚も買っていくのである。一体どういうこと? 私の疑問をよそにまた別の若者が絵葉書を買う。他のみやげ物はちっとも売れる気配は無いが絵葉書は飛ぶように売れていった。客足が途絶えた所で私も日本の家族に送ろうとかと、それらの中から悩みに悩んだ上で何枚か選び出した。こんな絵葉書を貰った家族はどんな風に思うのか、そんなことを考えながら。その数年後私はこの町に暮らし始め、何度となく家族や友人に絵葉書を送ったがどれも古臭い絵葉書ばかりだった。他に選択がなかったのだ。しかし次第に思いはじめたのだ。ボローニャという町を他の町や国に暮らす人達に伝えるには、こんな古臭さで良いのだ。今の時代に居ながら何十年も前の考え方や風習が当たり前のように残っていて、そういうのを老いも若きもが好み、これから何十年経っても変わらないであろう町、それがボローニャなのだから。ボローニャを離れて異国に暮らすボローニャ人がこんな絵葉書を受け取ったら、あまりのボローニャらしさにきっと喜ぶに違いない。気がついたら私もそんな古臭い絵葉書を好んで買うようになった。垢抜けないねえ、古臭いねえ、と驚く家族や友人の声を聞く度に、くっくっくっと声を殺して笑いながら、それでいいのよ、と心の中で呟く。

コメント

No title

そのような葉書の方が、ボローニャらしいのでしょうね。
今風のモダンな物はなんだか味気ないような。
私もきっと、古くさい?昔の写真を手にとると思います。
しっくり来るというのでしょうか? 

2009/05/07 (Thu) 01:02 | vruocculu #79D/WHSg | URL | 編集
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2009/05/07 (Thu) 16:01 | # | | 編集
No title

vruocculuさん、ボローニャから僅か100km南のフィレンツェなどは全く洒落た雰囲気を漂わせた絵葉書があって、それは決して味気なくないのです。それがボローニャだとやっぱり古ぼったいのがピタリとくる。つまりそういう町なんだ、という答えに辿り着きました。古い物好きな私ですからそれは嬉しいことのひとつであります。またそんなボローニャだから好きだっていう訳なんですよ。

2009/05/08 (Fri) 23:12 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
No title

鍵コメさん、あの絵葉書の片隅に写っている女性達の髪形や服装といったら! 思わず驚喜してしまいますね。あれから女性達の装いはこんなにも変わったのに、町並みだけは何時までも一緒。とても不思議であり、とても誇らしくも思います。何時までも同じであって欲しいと思います。鍵コメさんがされている技、私も時々します。あまりに同じなので思わず笑ってしまいました。本当に変です。

2009/05/08 (Fri) 23:17 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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