冬空

土曜日。何て良い響きなのだろう。朝遅くまで眠ろうと思っていたのに夜明け前に目が覚めた。最近いつもそうだ。そんなことを思いながらごそごそとベッドから抜け出して居間へ行き、窓の外を眺める。これも最近、習慣になった。外はまだ闇が垂れ込み、車一台、犬一匹見当たらなかった。それもそうだ、まだ夜明け前なのだから。そんなことを考えながらもう一度ベッドに潜り込み、目を閉じた。どうやら私はあれから深い眠りに付くことに成功したらしく、次に目を覚ましたのはもう空がとっくに明るい時間だった。どぼどぼと居間に行き朝食の用意をした。いつもはビスコッティを熱いカフェラッテに浸して時間を気にしながらとる朝食だけど、今朝はカフェラッテに栗のペーストをたっぷり塗った胚芽入りトーストを用意した。雑誌を広げながら1時間も掛けて食事をした。血圧が異常に低く、起きぬけはエンジンがかかり難いのも理由だが、何しろ土曜日なのだ。時間を気にする必要など無い。土曜日の朝食はいつもと違うスタイルが宜しいのではないかと思う。快晴の予報が出ていたにも拘らず、丘の町ピアノーロは霧に煙っていた。こんな日は家に居るのが良い、と思いながらもボローニャ旧市街へ行くことにしたのは多分ボローニャは良い天気に違いないと思ったからだった。標高200mのピアノーロは大抵ボローニャ市内より天気が悪く、気温も3、4度低いのだ。96番のバスに乗ってボローニャを目指す。が、いつまで経っても空は晴れず、街行く人々の吐く息が白い煙となって空に上るのを見つけて、やれやれと深い溜息をついた。ボローニャも冴えない天気だった。こんな色の空を見ると私はボローニャに暮らして初めて迎えた冬のことを思い出す。寒い冬だった。来る日も来る日も灰色の空で、空を埋め尽くす灰色の雲の上から今にも雪が重さに耐え切れなくなって落ちてきそうだった。私はそれまで冬ですら空が青い町に暮らしていたから、ボローニャの冬空の閉塞感と威圧感、そして憂鬱は私が持っていた僅かな希望さえも握りつぶしてしまいそうで怖かった。希望を握りつぶされてはまた新しいものを掴み取りを繰り返して、私は今もボローニャに居る。あれから何年も経った。私が今もボローニャに居ること、ボローニャを好きなことは、相棒にも私達を取り巻く人々にも、そして私自身にすら想像つかなかったことである。誰にも想像のつかなかったこと。そういうことは案外沢山あるのかもしれない。今までも、そしてこれからも。町を歩きながらそんなことを考えていると体が冷えているのに気付き、大急ぎで馴染みのカフェに駆け込んだ。カップチーノをひとつ。熱々にしてね。いつもの人にそう頼んで、すっかり冷え切った頬を両手で覆った。

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