檸檬の匂い

この日、Baricellaを訪ねたのには理由があった。友人の家でずっと前から約束していた手解きがあるからだった。ずっと前からと言うのがどのくらい前かと言うと、それは今年の夏である。指折り数えてみれば僅か5ヶ月前のことであるが、私にはもう夏の余韻を思い出せないくらい遠い昔のことのように思える。さて、半年近く前の夏、友人の同僚の、その同僚のお姉さんの家でズッキーニの酢漬けの作り方を見せて貰った。その後、彼らが美味しい夕食を振舞ってくれて、その美味しかったこと楽しかったことと言ったらなかったが、食後にとろりと美味しい濃厚なお酒を頂き、そのお酒が自家製と分かって友人と私が手解きをお願いしたのである。お酒の名前はCrema di limonino (クレーマ・ディ・リモンチーノ)。檸檬を使ったクリーミーなお酒だ。数年前まで山に暮らす私の友人が毎年胡桃のお酒を作っていた。手間がかかるが美味しいからと言いながら毎年作っては周りに振舞っていたが、手間が掛かることが出来なくなったらしいここ数年は、すっかりそんなこともしなくなった。それだから、この檸檬のお酒もさぞかし手間が掛かるのだろうと思っていたが、目の前で作るところを見てみると、案外こんな面倒臭いことが大嫌いな私でも出来そうなのだった。勿論、下拵えは彼らが既にしてくれていたのだから、簡単そうに見えて当然かもしれなかった。作業をしながらこの人達の話に耳を傾けていると面白いことに気がつく。兎に角食べることが好きなのだ。兎に角美味しいものが好きなのだ。私だって好きだけど、好きな度合いが桁違いなようだった。そしてもうひとつ言えるのは、彼らは美味しいものを食べる為には時間と手間を全く惜しまないことである。これは私と彼らの決定的な違いだ、とまるで生きている上で大切なことに気がついたかのように、はっ、と息を呑んだ。まあ、100人居れば100通りの人生があり、違う匂いと色があるものだ。私は他人と自分を比較することはあまり好まないし、比較したところでどうするのだ、と思うのだけど、彼らと私のこの違いはちょっとした驚きであった。何と言うのだろう。情熱とも呼べそうな彼らの食への関心とか探求は、勿論私にはない。しかし食以外にしてもこんな情熱が自分に欠けているのではないだろうか。いつの間にか何となく毎日を過ごすようになってしまった。お酒造りが最終段階に差し掛かり、檸檬の良い匂いが漂う中で、私はそんなことを考えていた。
何でも美味しくなるタイミングというものがある。最低でも4日間は手をつけてはいけないよ。そう言われたのを私は忠実に守っている。お酒の試飲は今週末までお預けだ。

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