合図

昨日は祝日だった。イタリアには振り替え休日などという洒落たものは存在しない。だから祝日が日曜日と重なってしまったらば泣き寝入りで、全く有難味のない祝日となるのである。それが今回は日曜日に重ならなかったのみならず、3連休になった。どうやら多くの人が普段の生活から脱出したらしい。高速道路は渋滞したが、家の近所は静まり返って快適そのものであった。幸運なことに晴天だった。週の後半に痛み出した扁桃腺の腫れがようやく日曜の晩に引いたので、張り切って起床した。そうして相棒が私の健康を案ずる忠告を振り切って、日曜祝日には1時間に1本しかない96番のバスに乗ってボローニャ旧市街へ出掛けることにした。こんなに天気がいいんだもの、折角の3連休なんだもの。そんなことを言って。家を出ると天気は上々だった。こういうのを祝日日和というのだろうか、などと考えているうちにボローニャ行きのバスが来た。祝日で天気が良いからか、バスは思っていたより混んでいた。乗車券に刻印を打ち込み、運転手の真後ろの席に身を納めた。運転手と通路を挟んで反対側の最前列に座っている老人が大きな声で話を始めた。運転手は55歳くらい、老人は70歳はとっくに超えているに違いなかった。一瞬外国語かと思ったら、いやいや、それはれっきとしたイタリア語で、しかしボローニャの方言であった。この年齢の人達はボローニャの方言を話すことが多く、ボローニャに暮らし始めた頃は何を話しているのかさっぱり分からず困ったものだ。何年か経つうちに彼らの話していることは分かるようになったけど、かといってボローニャの方言を話せるようにはならなかった。難しいのだ。ちょっとフランス語風だったりして、そんなところからヨーロッパが大陸で色んな文化が入り混じっていることを痛感する。さて、運転手と老人の話を聞いているうちに気がついた。これは単なるボローニャの方言ではない。エミリア・ロマーニャの端っこの限りなくトスカーナ州に近いところにある標高の高い小さな村、モンギドーロのアクセントではないだろうか。と、彼らの会話が一息ついたところで言ってみた。このアクセントはモンギドーロですね。すると運転手が嬉しそうな声で答えた。"そうなんですよ、私達はモンギドーロに出身でね。しかしよく分かりましたね、お嬢さん。" お嬢さん。なんて素敵な言葉だろう。私はお嬢さんという言葉に弱いのだ。何故ならとっくの昔にお嬢さんで無くなってしまったからで、お嬢さんと呼ばれると正しくないことも時には正しくなってしまうほどなのである。私の舅がモンギドーロの生まれで彼も同じアクセントだったから。そう説明すると運転手と老人がうんうんと納得した顔で頷いた。そのうちバスは旧市街に入り、私は予定していたバス停よりも手前で下車した。時々ポルティコの外に顔を出して青い空を仰いだ。あれから一日経った今も私はずっと考えている。バスの中のモンギドーロのアクセントは偶然だったに違いない。でもこれは何か舅からの合図なのではないだろうか、そんな気がしてならなかった。何か私に伝えたいことがあるなら教えて欲しい。ねえ、私はここに居るよ。そんなことを思いながら今日は何度も窓から空を仰いた。私にとってこんなに大きな存在だったとは気が付かなかった。頑固者で人を褒めたり労わったりするのが苦手だった、でも本当は人一倍優しい舅が逝ってしまってから丸一年経った。

コメント

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日本ではBS日テレ(日本テレビの衛星放送です)で、
イタリアの村々を取材した番組が放映されてます。
そこには観光客は登場しません。
生まれた土地にしっかりと根をおろして生活するイタリアの人々の
暮らしが映し出されるのみです。

イタリアブーム、確か15,6年ほど前だったでしょうか?
その頃にはこのような番組は皆無でした。
何かしらホッとする番組です。

2008/12/10 (Wed) 04:14 | ひろぽん #79D/WHSg | URL | 編集
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ひろぽんさん、日本の衛星放送ではイタリアの村々を取材した番組が放映されているんですか。それは興味深いですね。確かに私が暮らす辺りからもう少し山のほうへ行くと俗に言う観光客はあまり見かけません。勿論、そういう村は感じがいいので近郊の町から足を延ばす人達はいますけど。こういう村の食堂の食事は美味しくて、埋もれた宝的存在です。イタリアブーム。そういえばそういう時代がありましたね。もう過去のことになりました。今は個人旅行をするイタリアらしいイタリアを探しに来る人達が増えたように思います。良いことです。

2008/12/10 (Wed) 17:23 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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