via de' chiari

こんなに沢山歩いているのに、まだ知らない路がある。名前は知っているが歩いたことがない路もあれば、名前すら知らぬ路もある。いつも近くまで来ているのに、何故か足を踏み込まない路。私だけでなく、誰にでもそういう場所はきっとあるに違いない。piazza san giovanni in monte まで来ていながらその先を歩くことが今まで一度もなかった、それには何の理由もない。時間がなかった訳でもないし、危険な場所でもなかったから、その先を行こうと思えば何時でも行けた筈なのだ。多分こういうことだ、単にそういう気分にならなかったのだ。ある日piazza san giovanni in monte から何時ものようにvia santo stefano に引き返さずに細く続く路地へと歩き出した。すぐ左手に細い路があった。角を曲がって歩き出すと一本の緩い坂道が目の前に横たわっていた。あまり人が通らない路のようだった。迷路を歩くかのように恐る恐る歩いていくと、ポルティコの下に自転車を止めて話している2人が居た。ちらりと盗み見る。どうやら仲の良い男女らしく、かといって恋人同士でもなさそうだった。昔の映画に出てくるような、真面目で誠実そうな男女をもう一度さりげなく振り返ってまた歩き出した。あまりにも静かだった。後ろから歩いてくる者あり。硬い踵の音がかつーん、かつーんとポルティコの下に響き渡った。歩いては立ち止まる私を追い抜いていったのはもうかなり高齢の男性で、彼は数メートル行ったところの大きな古い木製の扉に鍵を差し込んだ。ああ、彼はここに住んでいるのか。そんなことを思いながらその様子を眺めていると、彼はふと私の方を振り向き嗄れた細い声でbuongiorno と言った。思ってもいなかった展開に驚きながら、私も大きな声で言った。buongiorno! ただそれのこと。なのにこの路が大好きになった。知らないもの同士が挨拶を交わす路はvia de' chiari、そういう名前だった。

コメント

No title

欧州はどんなに細い路地でもちゃんと通りの名前がついていますね。日本だと町内の細い道は名無しばかりです。
欧州は通りについている番号で住所が構成されていますよね。日本は区画で住所が構成されているので道のすべてに名前を付ける必要が無かったのでしょう。
フィレンツェで知り合った男たちに住所を書いて教えたところ番地の数字にどんな意味があるかずいぶん聞かれました。説明したところ「それはわかりやすい」「いや、道路名にナンバーの方が良い」だとかの議論になってしまいましたが・・・・。
僕は欧州式の方が好きです。

2008/12/04 (Thu) 03:30 | ひろぽん #79D/WHSg | URL | 編集
No title

ひろぽんさん、日本に暮らしていると路に名前がついていないことに何の不思議も感じないものです。私だって外国に暮らすようになるまでそのことに着いて考えたことすらありませんでした。今の私には、路に名前がついていたほうが都合が良いです。そうでもなかったら、どのようにして目的地を見つけたらいいの?と、まあ、そういう理由で。それから不思議なもので自分の家が所在する道の名前には愛着が湧くものです。今まで幾つもの家に暮らしましたが、それらの名前は私にとってはちょっとした特別、です。無くてもいいけど有れば有るで宜しい。それが路の名前でしょうか。

2008/12/06 (Sat) 17:27 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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