ottobre (10月)

10月になると思い出すことがある。私がボローニャに暮らし始めた年の10月のことだ。私はボローニャからエミリア街道をひたすら真っ直ぐ行った田舎町に暮らしていた。望んでそうした訳ではない。成り行き上そうなったのだ、と言ったら感謝が足らないかもしれない。兎に角、その田舎町行きのバスの終点から一本道を歩いて更に30分も掛かるようなところに家を借りて暮らしていた。何もないところだった。机の前の小さな窓から見えるのは霧に煙った農地ばかり。夏は開放的で良かったが、10月の声を聞いた途端に気温ががっくり下がって、これからを不安にさせるにはとても効果的だった。ボローニャに来て5ヶ月目だった。何をさせても機敏でない私なのだ。5ヶ月目なのに何ひとつうまくいっていなかった。友達と呼ぶにはあまり親しくない、単なる知人と呼ぶに等しい人達が私の狭い生活範囲の中に両手で数えられるくらい居るだけだった。時々ボローニャの旧市街へ足を運んでは、こんな所に暮らしたいと思った。イタリア語はあまり話せなかった。それでも相棒と分からないイタリア語で必死になって話をしたのは "彼らは私たちの分からない言葉で話をしている、きっと何か私たちに聞かせたくない話をしているに違いない" つまり私と相棒が内緒話をしているに違いない、みたいな声が周囲から聞こえてきたからだ。無理もない。ここはそんな田舎だったのだ。ここで異国人は私だけだった。ボローニャ旧市街を歩いていても東洋人とすれ違うなんてことは滅多になかった時代なのだ。私は次第に家に篭るようになり、毎日机の前に座っては遠くに暮らす家族や友人達に手紙を綴った。それが私の10月だった。時折窓の外から野鳥の声が聞こえたりすると、とんでもない所に来てしまったと思っては嘆き悲しんだ。あれから随分の年月が経つが10月になるといつもそのことを思い出し、胸がキューっと締め付けられる。それはほんの少し辛い思い出だけど、胸が締め付けられるのはそれだけが理由ではない。現在の、そう、現在への感謝だ。私が機敏でないのは昔と同じ。けれども随分強くなった。周囲の異国人への理解も深まり、異国人だからという理由で嫌な思いをすることもなくなった。田舎町も好きになった。心を打ち明ける友達も得た。生活を安定させてくれる仕事にも就いた。10月はそんな小さなことに感謝する月だ。もう窓の外を眺めて、ひとり悲しむことはない。

コメント

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 自分にとっては春、5月くらいになるとイタリア全土?を駆け巡る綿の花、、フィオッコが飛ぶ季節でしょうか、、、、あの雪のようなそれでいて暖かい季節は公園のベンチに座ってイタリア語の辞典を穴が開くほど見ていたはじめての年を思い起こさせます、、、寂しい気持ちとここでやっていく、、という期待も混じった複雑な、、、でも希望に満ちた日々でした。

 

2008/10/08 (Wed) 21:35 | レオナルド #79D/WHSg | URL | 編集
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今晩は~。14年前の自分と2008年の自分を見ているようでした。
私も家族、親戚が私のこと悪く言ってる、って被害妄想に陥って悔しい、見返してやる、ってイタリアご勉強したな~。でもそれが今ではなんとな~くイギリスにいても役立っていて感謝になっています。
自分の生活が変わるのって、自分の気持ちしだいじゃないかしら。頭を下げていたままでは落ちているものしか見えないし、頭をあげたら初めて会う人の顔も見える。
私も今はこんなに毎日ステキな人たちに囲まれているけれど、ここまで来るにはイギリス人の仲間になろうとすごい努力をしたのを覚えてます、でもレオナルドさんと同じ、希望もたくさんありました。
これからも私たち感謝の気持ちを忘れずにもっと輝きましょうね~♪

2008/10/08 (Wed) 21:56 | ogosyu #79D/WHSg | URL | 編集
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私も、慣れない場所に嫁いで、いろいろあります。
必死でいると、悪いことも良いことも大きい波のように思えます。
いつかyspringmind さんのように、そう思えたらいいなと思います。

2008/10/09 (Thu) 08:04 | limonata9 #79D/WHSg | URL | 編集
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レオナルドさんにとっては5月なんですね。あの綿毛の舞い飛ぶ中、公園のベンチに座ってイタリア語の辞書を引くレオナルドさんの姿、想像してみました。ここでやっていくという期待が心を横切る心境、私にも覚えがあります。あれは、なかなか良いものですね。腹の底から力が湧くって言うんでしょうか。私にその気持ちが生じたのは実はつい数年前のことなんですよ。ずいぶん遅かったけどそれも実に私らしいと思います。それにしても一年目にそう考えたレオナルドさんは気合が入っていましたね。しかも綿毛の中、ベンチに座って勉強なんて勇敢ですね。綿毛によるアレルギーはないんですね?羨ましい。

2008/10/09 (Thu) 22:25 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
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ogosyuさん、こんばんは。面白いことに私は周囲が自分のことを悪く言っているとはこれっぽっちも思わなかったのですが、周囲の人たちは私と相棒が外国語で周囲の人たちの悪口を言っていると思ったようです。なんだかおかしいでしょう?でも、そういう訳で色々嫌味をチクチク言われたりしていやな思いも沢山しました。当時はかなり塞ぎ込んだけど、塞ぎ込んだ分だけ今は外に気持ちが向いているようです。もともとお喋り好きですから、イタリアのお喋り文化は合うみたい。苦労した分だけは口が達者になりました。負けませんよー、ちょっとくらい言われたって。
仰るとおり自分の気持ちしだいなんですよ。最近は経験を重ねているので気持ちの切り替えも昔よりは早くなりましたが、あの当時はどうしようもなかったなあ。何が一番いけないって、自分が何もできない無能な人間に思えてしまったことでした。それなりに自分に自身があった分だけ、ダメージは大きくまったく手に負えなかったんですよ。そんなことを10月になると毎年思い出します。

2008/10/09 (Thu) 22:38 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集
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limonataさんもなれない土地に嫁いだひとりでしたね。一生懸命な分だけ、一つ一つが大波に感じられるってすごくわかりますよ。私はボローニャに暮らしていろんなことを学んだのですが、その中でも一番の収穫だったのは、自分を大切にするってことです。周囲に左右されない自分、どーんと構えていられる自分であることです。これは当たり前のようで実は一番大切なことのように思うのですが、どうでしょうか。

2008/10/09 (Thu) 22:44 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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