鉄砲玉

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近頃規則正しい生活を送っている。土曜日も日曜日も、朝寝坊することはあまりない。今朝は昨日よりは遅いにしても、それなりの時間にベッドから抜け出す私に、相棒が後ろから声を掛けた。何処かへ出かける予定でもあるのかと。ううん。短く答えて私はカッフェを沸かすべくキッチンへ行った。昨日の今日だからまだ涼しく、窓の外の空気は剥き出しの足首や肩が痛く感じるほど冷たい。しかし其れも長くは続くまい。実際9時を過ぎる頃には蝉が鳴きだして、朝方の風とは確かに違った。そういうことを言う私に、相棒は目を丸くして言う。君は風まで読むのかい? そう言われて私が大笑いしたのは、その言い方がまるで、君は仙人になってしまったのかい? とでも言うようだったからだ。私は風は読めないけれど、風から感じることはある。風にも色があり匂いがある。少なくとも私はそう思う。

テラスを開け放ち、レースのカーテンを引いていたところ、隣の敷地に赤い車が到着した。中から家族が飛び出して、車の後ろから沢山の荷物を引っ張りだした。それに気付いた近所の人が、お帰りなさい、と声を掛けた。そうだった、彼らは2週間前の荷物を詰めて、何処かへ休暇に出掛けたのだ。何処かへ行くのを躊躇する私のような人も居れば、隙あらば休暇に出掛けるイタリア人もいる。彼らにしてみれば、休暇があるのに何処へも行かぬ私のような人間は、理解に苦しむ存在に違いない。耳を澄ませていたわけでもないけれど、何しろ大きな声で話をしているので、自然と耳に入って来る。どうやら
海などへ行ったわけではなく、帰省だったようだ。もっとも故郷が海の町にあるらしく、子供たちの肌は散々日に焼けていたけれど。今年は復活祭に会えなかったからと言う若い夫婦の声は明るかった。そうだ、今年はそんな風にして、誰もが家族に会えなかった。そんな話を聞きながら、私の心は自分の家族の方へと向いていた。
そもそも私は自分から望んでアメリカへと飛び出した身だ。当時はまだ若く、鉄砲玉のような娘だった。そんな娘を止められる筈もなく、両親は望む通り私を送りだしてくれた。あれほど望んで行ったアメリカなのに僅か4年でピリオドを打ち、その足で予定もしていなかったイタリアにやって来た。それを父と母がどう思ったかどうかは知る由もない。いや、母にはまだ聞くチャンスがあるけれど、もう過ぎたことだ。わざわざ蒸し返すことは無いだろう。そんな風に自分の好きでアメリカへ行ったりイタリアに来たりしたのに、私はやはり自分の家は日本の、家族の元なのだ。2年前に帰省したのが遠い昔のようだ。それほど時間が経っているように感じ、それ程家族を恋しく思う。そして日本と言う土地。近頃私は周囲の人から、色んなことを訊かれるのだ。日本には素晴らしく大きくて古い木が生殖している場所があるんだって? 苔が密生している緑美しい場所があるんだって? 秋には山が真っ赤に染まるんだって? 昔は満開の桜の美しさくらいしか話題に上らなかったと言うのに、今はその他の、まだ私が訪れたこともないような場所の話までイタリア人達が知っていることに驚かされるのである。それも私の知り合いでも何でもなく、例えば入った店の人や居合わせた知らない客から、私が日本人だと知るや否や、日本のことを話してほしいと言わんばかりに色んな言葉が飛び出してくるのだ。そんな時、自分があまりに日本の美を知らないことを悔やみ、いつか私もそうしたものを自分の目で見たいと願うのだ。しかし、私が故郷へと馳せる気持ちはもっとシンプルで、そうした美しい土地へ行けなくてもいい、兎に角日本の土を踏みたいと単純だ。来年の8月。来年にはこのウィルス騒動は納まっているのか。それは誰にも分からない、それが尚更私の心を日本へと向かせるのかもしれない。12か月も先の帰省のことに、心を躍らせたり心配している自分に呆れながらも。

今夜は美味しい桃を頂いた。丁度食べ頃の黄桃で、モデナの方で収穫した桃だそうだ。何処で育って採れた果物か教えてくれるのは近所の食料品市場の青果店を采配するシニョーラ。美味しい桃を頂く喜び。此れは桃好きな人にしかわかるまい。




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chibidaruma

yspringmindさん、こんにちは。

ふふふ、我が家にも「鉄砲玉」がひとりおります。今は側におりますが、またいつどこへ飛んで行ってしまうことか⁈
ですから、yspringmindさんのご両親のお気持ち、分かる気が致します。愛おしくて、だから心配で、とても誇らしい。とても愛され心から安心できる場所だから、「自分の家は日本の家族の元」なのですよね。ブログを拝読して、勝手ながらそんなことを考えました。
ところで、美味しい桃のお話。羨ましい!
日本(東京)は、長雨のせいで農作物が不作です。あー、美味しい桃、羨ましい!
  • URL
  • 2020/07/20 09:52

yspringmind

chibidarumaさん、こんにちは。そうですか、chibidarumaさんの家にも鉄砲玉が・・・。それは心配ではありますが、今の時代親から離れるのを怖がらずに鉄砲玉のように飛び出していくようなお嬢さんは、逞しくて良いのでは。若いうちは冒険を。なーんて、自分がそうだったから、ちょっとポジティブに言ってみました。あはは。兎に角帰る場所があるのは嬉しいことなのです。そして帰りたいと思う場所があることは幸せなのです。
桃! 美味しい桃の無い夏なんて!
  • URL
  • 2020/07/21 19:41

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