葉書が届いた

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今朝、呼び鈴が鳴った。アパートメントの建物を取り囲む敷地の外に在る入り口の呼び鈴だ。スイッチを押して誰だか確認すると郵便屋さんの姿が小さな画面に映し出され、郵便物があるから開けてほしいとのことだった。うちのように建物の中に郵便受けがある場合、そして管理人などが常在していない場合、住人がひとりくらい家に居なければ、郵便物を受け取ることもできないという訳だ。普段は上階もしくは隣の家族の誰かが対応してくれているのだろう。

昼頃、相棒が外から帰って来た。君にだよ。そう言って渡されたのは字体と図柄が美しい、見てそれと分かるアールヌーヴォーの絵が施された葉書だった。

私が思春期だった頃、私は4歳半年上の姉の影響でアールヌーヴォーに傾倒した。思えば楽しいものも美しいものも、そして興味深いものも、大抵姉が家に持ち帰った。そういう訳で私は、自分の年の割には少し大人びた物事に夢中になるきらいがあった。私が関心を持ったのは字体。そして緩やかな線と大胆な配色。どんなに真似しても同じように描くことが出来ないアルファベット。終いには諦めて、画集を開いてただただ眺めた。美術展が開かれると聞けば足を運び、混み合う会場の中で長々と足を止めて見入ったものだ。美しい字体、そして緩やかな線と大胆な配色。そして手元に残すべく葉書や画集を購入した。小遣いは少なかった。けれど、こうしたものの為であるなら、父も母も惜しみなく小遣いを補充してくれた。そういう時代を過ごした。10年ほど続いただろうか。なのに全てを手放してしまった、あれほど好きだった絵画の世界から遠のいて、私は社会人になり、アメリカへ行き、イタリアにやって来た。送り主はそれを知る筈もない。なのに何故かこの葉書を見た時に私のことを考えたらしく、手に取った其れを送ってくれたらしい。不思議なことが時々ある。探そうとせずとも、生活の中に、まるで当たり前のような顔をして目の前にやって来る。今日の葉書がそれで、私は葉書を幾度も手に取っては抽斗箪笥の上に置き、昼食の準備をしようとキッチンに行く時にも何故か自分の傍に置いておきたくて、抽斗箪笥の上からテーブルの上に移動させたり。何かをしながら其れを横目で見ていると、葉書が語りかけるかのようだ。思いだせ、思いだせ。忘れてしまった夏の光を思いだすように。
手持ち無沙汰のこの時期に届いた葉書。考える時間はたっぷりある。色んなことを考えてみようと思う。

猫が可愛い。毎日いる相棒と私を不審に思いながらも、一緒に居るのが嬉しいらしく、気付くといつも傍らに居る。嬉しい? ねえ、嬉しい? と訊いてみるも、返ってくるのは溜息のような鼻息だけだ。




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高兄

yspringmindさん、こんにちは

家で過ごさざるえない状況


きっと、素敵な時間の過ごし方、発見されているのでは^^


アール・ヌーヴォの絵葉書

私は、真っ先にアルフォンス・ミュシャを想い出します^^

yspringmind

高兄さん、こんにちは。家で過ごす時間が長過ぎて、いらぬことまで考えがちなのは否めませんが、しかし物は考えよう、避けて通ってきた様々なことや、これからしたいことなどを考えて、楽しく過ごす“努力”をしています。
アルフォンス・ミュシャ、そうですよね。あまりにも有名。私は絵もそうですが、文字に関心があります。
  • URL
  • 2020/03/28 18:46

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