小さな願い

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夜中吹き荒れた風。風に煽られた窓ガラスや雨戸が音を立てて、良く眠れなかった。風の強い日は早く眠るに限るとの母の教えに従って、早々にベッドに潜りこみ眠りに落ちることに成功したが、しかし一体幾度目を覚ましたことか。ガタガタ。ガタガタ。家が丸ごと風に飛んで行ってしまうのではないか、そんなありえないことを想像して怯えた。それにしても冷たい風で、今朝ちょっと窓を開けてみたところ強風に押されて大窓が全開し、そして流れ込んできたのは凍るような冷たい空気。其れもその筈、アペニン山脈では雪が降ったらしい。うちから10キロもない丘の町でも今朝は雪が降ったそうだ。テレビに映されたアペニン山脈の町が雪に覆われた様子を眺めながら思う。3月の雪。もう冬は終わった、雪は降らないだろう、暖冬、暖かすぎる冬と誰もが言っていたが、まさかこんな風にして舞い戻ってくるとは夢にも思っていなかった。

ここ数年先送りになっているのはウィーンでの休暇。最後に行ったのは3年前の夏。あれはヨーロッパが暑くてどうしようもない夏だった。経験上、8月のウィーンは時として肌寒く、上着などを持っていないと困ったことになる。だからボローニャから行く私にとっては避暑地的存在なのだが、あの夏は半袖姿でも汗が流れる、ボローニャ同様の暑い夏だった。休憩に入ったカフェで店の人が言っていたように、稀にみる暑い夏、だったのだ。だからと言ってウィーンはやはり整然として美しく、点在する美術館の何と充実していることか。あまり人の居ない部屋で、椅子に腰を下ろして長々と絵を鑑賞できる素晴らしさは、忘れることが出来ぬ経験となった。勿論どの美術館を選ぶかにかかっている訳だけど。美術館と街歩き。ボローニャとは異なる風景を、街並みを堪能する休暇だ。

一週間ほどのひとり休暇を楽しむようになったのには、私がボローニャに来て直ぐに交流するようになった相棒の友人フランカのお母さんと話をして以来のことだ。そもそも私は独りが好きだが、それでもひとり休暇を楽しむようになったのはやはり彼女の影響だろう。当時私は言葉もおぼつかず、当然仕事もしていなかった。それを見たフランカが自分の子供たちを時々見てくれないかと提案して、私はその話に乗った。兎に角時間が沢山あったし、家に居てばかりは良くないと思ったからだった。大抵フランカの家に行くが、時にはフランカの両親の家に行った。両親は旧市街の静かな通りで花屋を営んでいて、彼らは花屋の上の階に住んでいた。大変素晴らしい場所だった。花屋の奥へ行くと広い広い庭があって、そして温室があった。私が其処に呼ばれる日は子供たちと広い庭で散々駆け回って遊ぶのだが、その後にはちゃんと手作りの菓子が待っていて、時には美味しい昼食まで用意されていた。フランカの両親は典型的なボローニャ人。だから料理に手を抜くことはしなかった。店で働きながら上階に上がって料理をしたりパスタを打ったり。初めて赤ワインで煮込んだ兎肉を頂いたのも、この家でのことだった。ほろほろと口の中で解けるような甘い肉。これなあに。兎よ。きゃー。そんな会話があったのを今も忘れずに覚えている。25年も前のことだ。今なら店にそうしたメニューがあるならば、自ら好んで注文するけれど。兎に角フランカの母親はよく働く人だった。家のことに、店のことに、そして孫たちの世話までもして。あなたは何時休むの? と訊く私に彼女は笑いながら言った。大丈夫。私には特別な休暇があるのよ。娘夫婦や孫たちと一緒に過ごす海の家での休暇も楽しいが、休んで居る時間は無い。店は忙しいし、家に居れば食事を作る。長年連れ添った夫との休暇も、やはり一緒に居ると、あれは何処にある、此れはどうするんだ、と世話業が絶えない。だから、と彼女は長い前置きを並べてから言った。夏に一週間、独りで海辺のホテルに行くのだそうだ。三食付きの快適な、海の見えるテラスのついたホテルで、のんびり本を読んだり散歩をしたり、昼寝をしたりテレビを観たり、其処で知り合った人達と庭でお喋りをして過ごすのだそうだ。此の休暇があるから頑張れる、と彼女は言って傍にいる彼女の夫にウィンクを贈るのだ。どうやら家族誰もが認めている彼女の独り休暇らしい。もっとも彼女の場合は、何かがあった時にすぐに帰れるようにと、大抵エミリア・ロマーニャ州の海辺らしいが。そして彼女が言ったものだ。あなたが何時か仕事に就いて、家の中と外を駆け回るような忙しい身になったら、そんな休暇を取るといい。このこと覚えていなさいよ、と。あの頃の私は言葉が今ひとつだったが、聞く方は案外いけた。気の利いたことは言えなかったから、うん、うんと頷くばかりだったけど。
いつの日か私は定職に就き、フランカの母親が言うように私の生活は家の中と外を駆け回るような忙しいものになった。そして少し経った頃思いだした。あ、やってみようかな。それがウィーンの滞在だったりリスボンの滞在だったり。何年も前にはパリへも行った。もっとも私は三食昼寝付ではなく、単に独りを楽しむ異国の滞在だけど。あの日彼女が私に言ったこと。彼女は忘れてしまっただろう。まさか私が受け継いで、実行しているなんて夢にも思っていないだろう。

私の小さな願いは、この夏のウィーン。あのエレガントな涼しい街で気ままな散歩。また先送りにならぬことを祈るばかりだ。





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rehcapriolo

あら、偶然でしょうか。葉書送りましたよ。
  • URL
  • 2020/03/25 22:11
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キャットラヴァー

お久しぶりです。こちらも、大変な状態です。
イタリアのニュースを読んで、耳にして、とても心が痛みます。
毎日、ブログの更新をチェックして、お元気でいられることを知って、安心しております。
どうか、どうかStay Safe.

追伸:
私達は、この夏にストックホルムに行く予定。昨年、主人と旅行した場所。主人が気にいた場所に、子供達と一緒に旅行しようって計画を立てていましたが、どうなることか、、、、、。
  • URL
  • 2020/03/26 01:46
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yspringmind

rehcaprioloさん、こんにちは。葉書ですか!まあ楽しみ。ウィーンのホテルは押さえてありますが、飛行機は直前まで待った方がよさそうです。
  • URL
  • 2020/03/26 16:44

yspringmind

キャットラヴァーさん、こんにちは。そうですね、アメリカは始めは全然だったのに、急に広まりましたね。今は何処も同じように状況が厳しいです。感染しないようにむやみに外に出ないのが得策ですよ。私は兎に角毎日家に居ます。こんなに時間があるのは20年ぶりなので、ブログは積極的に更新しようと思っているのですよ。私の元気表示でもありますからね。
ところでこの夏にストックホルムに行く予定が実現することを私も祈っています。
  • URL
  • 2020/03/26 16:50

マダムKenwan

まあ、ウィーンへいらっしゃる折には、ご連絡ください。
って、せっかくの「ひとり休暇」のお邪魔かな。
8月のウィーンは、半ば過ぎには、さぁ〜っと涼しくなって
秋の気配が漂います。ひとり、美術館を訪ねたり
ホイリゲへ行ったり、いいですね!
  • URL
  • 2020/03/26 17:21
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yspringmind

マダムKenwanさん、こんにちは。ひとり休暇中は、人に会うのが楽しみのひとつなので、ウィーンに行けることが決まりましたらお知らせしますね。お時間が合うようでしたら、冷たいものでもご一緒に。
美術館、写真館、ウィーンには私の気を惹くものが満載なのです。
  • URL
  • 2020/03/27 17:45

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