明るい表情

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週末の喜びは、たとえウィルス騒ぎで気持ちが沈んでいても、やはり嬉しいものである。特に今週は始まるなり熱に見舞われて散々だったから、朝だ、と元気に起きることが出来たことだけでも感謝すべきであろう。ゆっくり朝食をとり、雑誌を斜め読みして、乱雑になり始めた家の中を簡単に片付けたら昼前になった。空は青く穏やかな光に溢れていた。2月にしては上等。どうする、どうする。其れでも家に籠もっているの? と自分に訊ね、もう一度訊ね、そして思い切って外に出た。ウィルス騒ぎ以来、私はバスに乗るのが苦痛になった。外に出るのも旧市街へ行くのも億劫になっているのだ。其れも仕事へ行くならば話は別だが、今までのように週末を外で過ごそうと思わなくなったことを、私も、そんな私を見ている相棒もどうしたものかと思っていたのだ。とんぼ返りだっていいじゃないか、さあ、外に出よう。

こんな天気の良い土曜日なのに旧市街へと続くバスも街中も空いていた。2月中旬ということもあり、多くの店がサルディの最終時期を迎えていて、ウィンドウに貼られている割引率も少し前よりも上がっているのに、店の中はガラガラで、ポルティコの下を歩く人も、バールやカフェで寛ぐ人も少し前とは比較にならぬほど少なかった。特に東洋人を見かけぬ。そんなことを確認しながら誰もが私のように家に籠もりがちなのだろうかと心を痛めた。私が家に籠もっていたのは、別に誰かに嫌なことを言われたり、態度に表されたりしたからではない。少なくとも私は他人から傷つけられたことは無く、ただ、自分自身の警戒心、嫌な思いをしないための警戒心に心底疲れ、外に出たく無くなっていただけだ。だから自分次第なのである。籠ってしまうのも、外に飛び出すことも。行く当てもなく出てきただけあって、バスを降りたは良いが、何処へ行こうか迷った。さて、何処へ行こう。ポルティコの下を歩きながら、可愛い子犬に絡まれたり、歩き始めて間もないほどの小さな子供が私の膝をめがけて突進してきたり、その度に飼い主や若い両親と一緒に大笑いした。大きなショーウィンドウには冬のコートを着たマネキンが飾られていて、数人の女性が値踏みしていた。今が買い時か。いいや、来年は好みが変わるかもしれない。いいや、此の店のものは流行に追われないから大丈夫、。彼女たちはそんなことを話していたが、遂に意を固めたらしく中に入っていった。それに続くようにして、私も店に入った。
私がその店に入ったのは、先日店の人から良い店を紹介して貰ったことの礼を言うためだった。1月初旬に私は柔らかいセーターを一枚新調したのだが、袖が少々長過ぎた。そういうモデルのセーターらしいが、しかし袖が長すぎることで購入したは良いが袖を通す気になれず、どうしたものかと思っていたのだ。それで思い切ってそのセーターを購入した店に持ちこんで見せたところ、一軒の店を紹介してくれた。店は歩いて2分ほどのところに在り、有名なチョコレート屋さんの道を挟んで向こう側に在ると言う。名前を聞くと、近年、街のそこいらじゅうに存在する素人まがいの仕立て屋さんだったので呆れてしまった。あなた達のような店がそんな仕立て屋さんを紹介するとは。自信を持って紹介できる店なのかと訊き返すと、店の人達は少々当惑顔で、店の寸法直しは全て此の仕立て屋さんに頼んでいる、とても丁寧で上手だから自信を持って推薦できると言った。そして私に店の名前と電話番号、住所と店の人の名前を書いた紙をくれたのだ。どうも納得いかないが、此の店の製品をすべて任せていると言うのなら、その言葉を信用してみようと思い、言われた場所に行ってみた。仕立て屋さんは古い建物の中に在った。入り口を見つけるまで10分ほど掛ってしまい、そのことが、案外この店は街の其処此処に存在する仕立て屋さんとは名前こそ同じだが異なる存在なのかもしれない、そんな良い予感を私に与えた。店からの依頼ばかりを請け負う、良い職人が居るのかもしれない、と。中に入るとサロンのような雰囲気だった。こんばんは、と大きな声を掛けると店の奥から男性かと見間違うような格好いい装いの女性が出てきた。ただものではない、モーダに関わっている印象の彼女は髪を男性のように思い切り短くして一部分を青く染めていた。何処で購入したのかと訊きたくなるような美しい形の眼鏡、特注と思われるようなジャケット、そして履きやすそうなジーンズの丈は短めで洒落た靴下を自慢気に見せていた。店の人に紹介されてきたのだと言うと、彼女は成程と頷いた。セーターを着て見せると、確かに袖が長い、気になる人には気になる微妙な長さだ、と彼女は言った。簡単な作業ではないので日数が掛るがそれでも良いなら引き受けるとのこと。それでお願いすることになった。あれこれ話をしているうちに分かったのは、此の店が良い顧客がついていることだ。個人ではなくてお店。例えばエルメス、例えばグッチ。そうした店から客の要望の寸法直しが送られて来るのだそうだ。奥を覗くと眼鏡をかけた寡黙な男性が縫物をしていた。年の頃は50代。頑固で忍耐強そうな、如何にも職人と言った感じの人。ふと見まわせば確かに良いものばかりが置いてあって、私のような客が来る店ではないらしい。あら、何だか場違いみたい、と肩をすくませて笑う私に、彼女は、そんなことはない、長さや緩さを一寸も譲れない、あなたのような客も勿論来るのよ、と言って私に握手を求めてきた。あらあら。東洋人であることで自己防衛に疲れ始めていた私にはあまりにも驚きで、あまりにも嬉しかった。東洋人を警戒しているのは周囲ではなくて、案外この私なのかもしれない。もう少し肩の力を抜かなくては。袖の長いセーターを購入したおかげで、素晴らしい仕立て屋さんを知ることになった。
そんな仕立て屋さんを教えてくれたこの店の人に礼を言おうと思って店に入った。店の人は私の顔を覚えていて、どうだったかと訊ねる。とても良さそうだった、仕上がりはまだ先のことだけど、教えてくれてありがとうと言うと、店の人は嬉しそうに言った。そうだと思った、きっと気に入ると思った、と。
その後は広場を横切ったり路地を歩いたり本屋の店先を眺めたり、小一時間いただけで家に帰ってきた。何をしてきたのかと相棒に訊かれて、歩いてきたと答えると、それは良かったと相棒は笑った。私の表情が明るいのに気づいたらしい。うん、外に出て良かったと思っている。

昨晩は相棒が腕によりをかけて料理してくれたので、今夜は私が腕を振るう。どちらの料理の腕が上だとか、そんな野暮なことは言うまい。美味しくて楽しければ、それでよいではないか。




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