薪の焼き釜でトルタ

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若干風邪をひいたらしい。あれほど注意していたというのに。それからアレルギーも始まった。イタリア語でpolveri sottili、直訳すれば微粉となるが、スモッグの類たと思えばよい。車の排気によるもの、工場や家の煙突から吐き出される煙によるもの。そのほかにも沢山ある。でも、植物や自然から発生するものではない。もっと体に悪い影響を及ぼすものだ。ツマラナイことになってしまったと思う。風邪はそのうち治るが、スモッグによるアレルギーは性質が悪い。私にできることと言えば、頻繁にうがいをすることくらいだろうか。それとも医者に話をしてみれば、他にも手だてがあるのかもしれない。医者に行くのは大嫌いだが、来週辺り話しをして来ようと思う。

今日は姑の誕生日。何の贈り物も用意しなかったので、相棒が近所でお米のトルタを購入して持っていった。このお米のトルタというのが色気も何もない代物で、こんなの誕生日祝いに貰って喜ぶかどうかは疑問だと私は言ったが、しかし姑は芯からのボローニャ人、喜ばぬはずがないというのが相棒の意見だった。果たして姑は大そう喜び、夕食の後に美味しそうに頬張ったそうだ。昔、彼女が元気だった頃は良くそれを焼いたものだ。食べることが大好きなボローニャ人の典型みたいな姑だから、彼女が作るものは何でも飛び切り美味しかった。だから21年前に彼女が病に倒れて何もできなくなった時、誰もが残念がったけど、一番残念だったのは彼女だったに違いない。美味しいものを作って皆に振舞う、それが彼女の喜びだったから。
お米のトルタはとても甘い。イタリアに暮らし始めてすぐにその甘い洗礼を受けて、甘いものが大好きな私とて、此れは苦手だと思った。ところが慣れとは面白いもので、そのうち平気で食べるようになった。あちらの店のが美味いと聞けば試し、こちらの店のもなかなか良いと聞けば少しくらい遠くても足を延ばした。長い年月経った今、一番美味しかったのは、昔住んでいたアパートメントの隣に住んでいたシニョーラ、4人家族のお母さんが焼いたお米のトルタである。健康の為に甘みを抑えていたのも嬉しかったが、それだけではない、説明のしようのない美味しさだった。秘密は何かと訊いてみたら、薪の焼き釜だった。この家族は田舎にも家を持っていて、時々其処で休暇を過ごす習慣があった。大きな薪の焼き釜がある家。其処でパンを焼いたり、ピッツァを焼いたり、そしてトルタを焼くのだそうだ。美味しいわけだ、と感心したのは相棒で、シニョーラはとても嬉しそうだった。あの日私達にそれを持ってきてくれたのは、何故だっただろうか。そんな美味しいものを頂くような良いことを私達はしたのだろうかと考えていたら、思いだした。隣り合わせの広いテラスで植木の手入れをしていた家長が、突然胸を掴んで苦しみだしてごろりと転がった。その様子を偶然見た私達がテラス越しに大声でシニョーラを呼び、聞こえないようなので扉の呼び鈴を鳴らして知らせたからだった。心臓発作だったが一命をとりとめ、静養の為に暫く家族皆で田舎の家で過ごし、その時に焼いてくれたのがそのトルタだった。お礼なんて貰うようなことをしたつもりはないけれど、しかしあのトルタ、後にも先にもナンバーワンだ。薪の焼き釜で焼いてくれた、シニョーラの心のこもったお米のトルタだ。あのアパートメントを離れてもう12年になる。あの家族は今もあの場所に居るのだろうか。沢山の植木が置かれた広いテラスのあるアパートメント。シニョーラは今も私達のことを覚えているだろうか。

私には欲しいものがひとつある。それは少し踵のある柔らかい革のショートブーツ。サルディをよいことに購入しようと決心したが、幸か不幸か此れというものが見つからなくて、今に至る。恐らく空の誰かが、来年まで待ちなさいと私に言っているのだろう。探している時には見つからない。昔から私はそんなふうだ。




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