美味しい水

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ボローニャに戻って数日が経つ。旅行鞄も片付けたし、持ち帰った諸々のものもあるべき場所に納まったし、洗濯もアイロン掛けもすっかり済んで、自分が思いだしさえしなければ旅に出ていた跡のひとつもない。相棒と留守番をしていた猫は、2日ほど機嫌を損ねて遠巻きに私を眺めていたけれど、今はいつも通り。何もなかったかのように、私が歩けば足元に絡みつき、ソファに座れば寄り添って寝転がる。いつもの普通の生活だ。違うのは、まだ私の夏季休暇が終わっていないこと。この長閑な生活をあと数日楽しめるのかと思うと、やたらと笑みが零れる。オスロは早くも秋の気候だったが、ボローニャの暑さはまだ続く。勿論涼しい風が家の中を取り抜け、数週間前とは蒸し暑さとは違うことを感じるけれど、9月末頃までは半袖姿で過ごすことになるだろう。

オスロという私にとって未知の街へ行って知ったことのひとつは、野菜や果物の多くが国外で収穫されていることである。ボローニャのように旧市街に食料品市場界隈のようなものは存在しない。住宅街にしても、うちの近所にあるような青果店に匹敵するような店はないようだ。大小異なるスーパーマーケットのようなところで、綺麗に陳列された、食べ頃特有のいい匂いはするのだろうかと疑いたくなるような行儀のよい優等生のような青果を購入すると知り、拍子抜けだった。ボローニャにもスーパーマーケットは存在するけれど、青果類は小さな店で、国産品を店の主に美味しいのを選んで貰うのが好きな私だから、これには大そうショックだった。とはいえ、国外から青果類が入って来ることに関しては、よく考えればわかり得ることだった。気候上、作物が育たないのだから仕方があるまい。そんな中、じゃが芋はノルウェー産が存在すると知ってほっと胸を撫で下ろした。海のある街には川もある訳で、訊けば海で釣りをするには許可は必要ないが、川釣りには許可が必要らしい。海へ行って鯖を何匹も釣った友人の話を聞きながら、青果は確かに国外からの輸入物だけれど、此処にはボローニャに無い沢山のものがあると、感心するのだ。人々は、時には郊外へ足を延ばして茸狩りをするらしい。成程、ならば店に置いてある茸も国産品なのかもしれない。どの街、どの国に暮らしても良い点あり、良くない点もあり、上手くバランスが取れているのかもしれないと思った。忘れてはならないのが水のこと。オスロの水道水は飲むことが出来るそうだ。それは友人から聞かされる前から分かっていた。何故ならば、手を洗った後、洗顔をした後、髪を洗った後の肌や髪のすべすべ感が素晴らしかったからだ。だからオスロでは水道水を飲むことが出来る、ミネラルウオーターを購入する必要は無いと聞かされた時には、やはりそうなのかと頷いたものだった。水道水が軟らかくて美味しいことに加えて、とても冷たいのも嬉しかった。それはまるで山の湧水のような感じで、水道の蛇口をひねるとそうした水をグラスに次ぐことが出来る贅沢を感じずにはいられなかった。
ボローニャのうちの水道水は飲んではならぬ。それは誰に教えて貰わなくてもこの街に暮らし始めてすぐに分かった。別に濁っている訳ではないけれど、硬質で、手を洗えばすぐに分かる。肌がカサカサになるほどだ。まあ、美味しい水が蛇口から出てこないけれど、地元の農作物を堪能できるということで、やはり良いことあり良くないことありで、世の中はうまいことバランスが取れているのだ。

バッファロー乳のモッツァレッラに熟れた匂いがプンプンする赤い赤いトマト。それからテラスに茂るバジリコの葉を数枚。一番搾りのオリーブオイルにポルトガルから持ち帰った拘りの塩。なんだかんだ言ったって、こんな食事を当たり前のように出来る今の生活が幸せ。当分はこの生活を楽しむことに専念したい。




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