緩くいこう

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ソファに堂々と横たわって眠る猫。日曜日の午後の喜びと言うかのように。優しく背を撫でると手を掬んだり開いたり。心地よさを手先で表現する猫を見て、ああ、彼女は気持ちを表現する術を知っている、と思う。眠っている筈なのに飼い主へ気持ちを伝える猫。眠ってばかりで少しこちらに寄りついてくれないが、これでいいと思う。

蝉が朝から盛んに鳴く。疲れ知らずと言った感じに。こんな日には思いだす。私が二番目に暮らしたアメリカのアパートメントに暮らしていた頃のこと。坂道に面したアパートメントの二階を借りていた。広くて陽当たりの良い、と言うのが特徴でハードウッドの床張りが気持ちよかった。大きな出窓があって、暑い日は窓を開けておくのが良いのだが、窓の下はサクラメント通り、ONEカリフォルニアのトロリーバスが通るから、その大きな物音に時々びっくりさせられた。アメリカの生活で、友人知人から色んなことを知り得た。その中にはどうでもよいことも沢山あったに違いないが、日本に居たら会うことも無かったであろう人達の異なる感覚から生みでた言葉や発想は、私にはどれも新鮮だった。時にはそんな彼らから、君はどうして・・・なのか、といった類の質問を受けては、さて、どうしてなのか一度も考えたことがなかったと驚かされることもあった。気の利いた答えが見つからない時は、そうねえ、どうしてかしら、とうまく逃げたものだが、時にはどうしてなのか次の時までに考えておくと言うと、あははと誰もが笑った。几帳面だった自分。神経質で決めたことはしないと気が済まなかった自分。物は直角に置かねば気持ちが悪かったが、いつの間にか家具を斜めに置いてみたり、今これをしなくても誰に迷惑がかかるでもないと考え方が緩くなった。特に他人との共同生活にはこうした柔軟さが必要だった。柔軟さ。此れはアメリカ生活で学んだことである。もうひとつ学んだ大切なことは、人と言葉を交わすこと。言わなくても分かるだろうと思うのは怠慢。口があるのだから、言葉を話せるのだから、きちんと伝えることが大切。其のくらい言わなくても分かるでしょう? というのは無しよ、と教えてくれたのは私より少しだけ若いアマンダだった。私の自分改革のスイッチを入れてくれた彼女は、其ればかりでなく色んなことを教えてくれた。話すことは良いこと。それを通じて分かることが沢山ある、と教えてくれたのもアマンダだ。そもそも彼女は友人のそのまた友人で、私は単なる知人みたいなものだったが、何故か私を気にしてくれて、そのうち友人がいなくても私と会うようになった。あなた、もっとこうした方がいいんじゃない? 彼女は時々そう言った。例えば髪形とか着こなしとか。時々その度が過ぎて、アマンダ、彼女はあなたじゃないんだから、と窘められたこともあったけれど、彼女は私にとって大変有難い存在だった。それに彼女は私をちゃんと別のひとりの人間として認めていたのを知っている。何時だかそんな感じのことを私に言ったからだ。人間は皆異なっていて、私には私の、貴方にはあなたの美点があって、異なるからこそ人間付き合いは楽しくて、相手を尊重できるのだ、と。こうしたことを若いアマンダが考えていたこと、言葉にしてきちんと他人に伝えられることに、私は深く感動していた。若いけれど大変考えが熟していると言うのだろうか。だから私はアマンダが大好きだった。今日みたいな暑い日の夕方、彼女は近所のカフェからチキンサラダを持ち帰った。彼女は昼抜きだったから、それが昼食兼夕食らしかった。あの店のチキンサラダは美味しいとは話に訊いていたが、此れなのか、と彼女のサラダを見て思った。彼女は美味しいものをよく知っていて、私達周囲の人達は何時も感心ばかりしていた。例えば彼女のバースディケーキ。彼女がユニオン通りのフランス菓子店に注文した四角い大きなケーキだったが、口に含んだ途端に誰もがうーんと唸った。大きなケーキはあっという間に終わり、その後特別な日のケーキはあの店でなくてはと私達の心に刻み込んだものだ。あのアマンダの行方は誰にも分からない。あれほど彼女と仲の良かった友人でさえも。今の私ならアマンダと、色んな話をできるだろう。彼女は言うかもしれない。あなた、よく喋るはねえ、と。それはあなたが教えてくれたこと、話すことは良いこと、それを通じて知ることが沢山あると言ったのは、アマンダ、あなただったのよ。

夏の休暇が日々近づいている。残り2週間と少し。肝心なのは健康。休み前の忙しさに、家でも外でも根を詰め過ぎて体調を崩したら元もこうもない。何事もほどほどに。と、考える私は、かなり緩い人間になっているようだ。でも悪いことじゃない。




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Comment

micio

yspringmindさん、こんにちは。
私も香港、スウェーデン、ロンドンと暮らして、友達もそれなりにいましたが、今は季節の挨拶がポツポツくるくらいで、あのときの濃密な付き合いや関係はどうしたことだろうと思っていたのですが、、、

そうだった、そうだった
彼らの大事な言葉や私にしてくれた事や一緒に過ごした瞬間は、まだ胸に残ってるじゃないか

と、今日のyspringmindさんの話を聞いて気がついたのですよ。
  • URL
  • 2019/07/22 04:40
  • Edit

yspringmind

micioさん、こんにちは。香港、スウェーデン、ロンドンと暮らしましたか。其れでは色んな人と出会いましたね。私は思うのですが人間関係と言うのはいつも一緒に居る必要もないし、離れていてもぎゅっとつながっていなくてもよいのではないのかなあ、と。
運が良ければまた会える、そういうチャンスがやって来る、と私は思うのです。例えばアマンダのこと。何時かまた、どこかで思いがけない場所で再会するのではないかなと。
大事な言葉や私にしてくれた事や一緒に過ごした瞬間は、まだ胸に残ってる・・・それ、素晴らしいことですよ。
  • URL
  • 2019/07/22 21:40

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