山に星を見に行こうか
- 2019/07/11 22:06
- Category: bologna生活・習慣
近所の青果店で買ったアンズがとても美味しい。前回のアンズがとても美味しかったと褒めたら、一生懸命選んでくれた。良い店を見つけたものだ。ただし無花果は駄目だった。店主を責めるつもりはない。想像するに、今年は気候の具合で無花果が不作だったのではあるまいか。無花果が大好きな私としては、少々残念なことだった。
数日前に姉が誕生日を迎えて、ふと思いだしたことがある。昔、まだ私が学生だった頃、姉の誕生日にプラネタリウムに誘われた。あそこにプラネタリウムがあるのを知っていたか、誕生日のお祝いに券を2枚貰ったから行かないか、とのことだった。私は姉が大好きだし、それに姉の誕生日だったから誘いにのって行ってみたら、プラネタリウムは素晴らしかった。生れて初めてのプラネタリウム。天文学は得意でないが、月や星を眺めるのが大好きだ。天井に映し出された無数の星を眺めながら、それまでどうしてプラネタリウムへ行ったことがなかったのだろうと思った。あれから長い年月が経ち、イタリアに暮らし始めた頃、私と相棒は山の友人に誘われては、彼らの家に遊びに行った。何時も丘の谷間にある向日葵畑の前を通って山へ行った。イタリアに暮らし始めて間もなかったから、それはとても印象的な風景だった。ある夏の晩は随分多くの人が集まった。お祝いか何かだったのだろう、30人、いや、もっとかもしれない、紹介されたが思いだすこともできぬほど沢山の人がいて、大騒ぎをした。大騒ぎしても何しろ山の一軒家だから、誰に迷惑がかかるでもなかった。イタリア語での会話について行けなくなると私は外に出て夜空を仰ぎ、あっ、と驚いた。それは昔、姉と一緒に見た、あのプラネタリウムの星空、いや、それ以上に素晴らしい星空だった。私の大きな声に驚いて出てきた相棒と友人。星空が本当に存在するなんて、と呟く私に、何時でもここに見に来るといいと友人は言った。流れ星が幾つも夜空に走り、夢のような晩だった。あの家はもう無い。だからあの場所に行くこともないけれど、何時か相棒と車を飛ばして何処かの山に星空を見に行きたいと思う。800メートルくらいまで上がれば、あの星空を望めるに違いないから。
窓から見えるアカシアの樹。バッサリと枝を切られてどうなるかと心配したが、気が付けば枝を延ばし、葉が茂り、風に揺れるその様子はまるで喜んでいるかのように見える。自然の生命力の強さには何時も驚かされる。私もアカシアの樹のように強くありたいと思う。昨日に引き続き涼しい風は吹くボローニャ。少し前までは夜中も30度だったのに、今夜は限りなく20度に近い。この気温は健康的。その上精神衛生上もよい。今のうちに満喫しておこう。
Julienne
普段より多くカフェインを摂ったせいか夜中に起きたあと眠れなくなってしまい、そんな夜更けにyspringmindさんのブログを読んでいます。
星空。星空ってなんてロマンチックなんでしょうか。明るい東京にいるとなかなか星空を望めなくて、いつも満点の星空を求めている気がします。読んでいて、札幌の冬に自室の窓を全開にして、寒いのにしばらくオリオン座などを眺めていたのを思い出しました。ただ眺めるだけで心が満たされるようで、星空が大好きです。流れ星が見られるイタリアの高地の星空はとっても素敵なんでしょうね。
最近東京も日中暑くなかなか外に出られず、身体も気持ちも参っていました。でもyspringmindさんのブログを読んでいて、ほっとした気持ちになりました。いつも元気をもらっています。