散り始めた花

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夜中の大風は前触れだったのだろうか。当たりはしないと思っていた天気予報どおり雨降りになった日曜日。始まりは穏やかに。そして気付けば激しい水飛沫と音を立てての強い雨になった。北西からの雨だ。雨が降って気温は昨日に比べて10度も低い。こういうことがよくある。春だ、春だと薄着になった途端に、ちょっと待て、とでも言うように冷えこむ。若い私達は良いとしても、姑くらいの年齢になると天候の変化が体に響き、ようやく元気になってきたと言うのに振りだしに逆戻りで、やれやれと小さな溜息が零れてしまう。それにしても雨に強かに叩かれた窓の前の栃ノ木の花が半分ほど散ってしまった。もう長く咲いていたから散り時だったのかもしれないけれど、心が少し痛んだ。可哀そうなことをした、みたいな。

栃ノ木、栃ノ木と言うけれど、正式には西洋栃ノ木という名らしい。そして外国ではマロニエと呼ばれる。私が子供の頃、父の帰りを駅で待ち伏せして連れて行って貰った気に入りの洋菓子店の名がマロニエだった。平和な時代だったから、小さな子供がひとりで駅に父親を迎えに行くことが出来た。それでもまだ小学生になるかならぬかの小さな子供が、母親に頼まれて近所の豆腐屋にお使いに行くように、駅まで来たことに父は驚き、良くひとりで来たね、と短く切り揃えた私の頭を撫でたものだ。駅周辺には私の気に入りの店が幾つかあった。マロニエ洋菓子店、本屋、映画館。踏切の向こうには玩具店もあったが、両親は其処に出入りするのを好まなかった。大人になってから、そうした小さなひとつひとつが理解できるようになったけれど、あの頃はどうしてなのかと小さな頭をひねったものだった。父は何も言わなくとも私が迎えに来た理由を知っていた。だから行こう行こうとせがまなくてもマロニエ洋菓子店に吸い込まれた。姉には苺のショートケーキ、母にはお酒をたっぷり含んだサバラン、私はプリンアラモード、父は、そうだ、父は何を注文しただろうか。そこだけがどうしても思い出せない。
駅前通りを奥へ少し行くと、母が良く足を運んだ仕立て屋さんがあった。母は子供たちの衣類を縫うことはあっても、自分の衣類を縫うことはなかった。母と私は生地屋さんへ行くのが好きだった。そこで母は自分好みの布を購入して、駅の近くの仕立て屋さんへ持ち込むのだ。店はなかった。個人の家で、頼まれたものだけを縫う。母と同じくらいの歳の女性が、布を持ち込んだ母の寸法を取って、こうしましょ、ああしましょ、と話をする様子を一体幾度見ただろう。一度だけ、私の為に行ったことがある。それは生地屋さんで見つけた破布と言うに等しいが、母はどうしても諦められなかったからだ。手触りの良い薄い、涼しい生地だった。覚えているのは紫に緑やらなにやらの色が混じるミステリアスな色合いで、子供の服ながらも此のデリケートな生地は扱えないと言って母が自分で縫うのを諦めたのだ。それで仕立て屋さんへ行って、寸法を取って貰った。子供らしく爽やかな仕上がりになるように仕立て屋さんが持ち合わせていた透き通るように薄い白い布で丸い襟をつけることを提案して、母がそれがいいと喜んだ。仕上がりは素晴らしくて母も私も喜んだ。子供は成長するのが早いから直ぐに着られなくなるのではないかと仕立て屋さんは案じたけれど、その予想を裏切るように私の成長はゆっくりで随分と長い間、その服を楽しむことが出来た。
私が父と母のもとから離れて28年が経つ。父はもう随分前に他界しているが、母は足が随分と弱ったことを除けば、今も元気にやっている。話をする機会はあまりなく、顔を合わせるのも数年に一度。母は寂しいだろうか。それともこれで良いと思っているだろうか。子供は巣立っていくもの。遠くに居ても元気で居るのが案外親孝行なのかもしれない。次に会う時には、私が子供だった頃のことを少し話してみようと思う。マロニエ洋菓子店のことや、仕立て屋さんのこと。それから一緒に新宿の伊勢丹に布地や毛糸を買いに行ったことなども。母が覚えていればいいけれど。私が覚えている父と母のことをこんなに沢山思いだしたのは、窓の前の栃ノ木の花のせいだ。散り始めた花を見ているうちに、少しでも母との時間を持ちたいと思うようになった。

ふと窓の外を見れば、雨が止んでいた。静かな日曜日の午後。薄日が射してほっとした。日曜日は太陽が出た方がいい。日曜日とはそういう日なのだ。自分から飛び出して行ったのに、糸の切れた凧のように飛んで行ってしまったのに、案外、私は、母や姉の近くに居たいと思っているのかもしれない。




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Julienne

yspringmindさんこんばんは。
テラスの奥に綺麗なお花や青々とした葉をつける木がすぐそこに見えるのは、想像するとすごく素敵な景色ですね。緑があるだけでほっとし満たされた気持ちになるので、そんな素敵な景色のあるお家に住んでみたいです。

お母様の作られるお洋服、きっとyspringmindさんによく似合っている特別なものだったのだと想像すると、そんなお洋服を着ていたyspringmindさんは幸せだったのだろうなあと感じます。今は安くて選択肢も多く簡単にお洋服は手に入りますが、手作りの自分にぴったりのお洋服を着るときっと気持ちや気分はまるっきり違うものになるのでしょうね。

テレビなどで日本や外国の地方の田舎など、ずっと生まれ育った土地で過ごしてきたご老人を見ると、色々感じるものがあります。自分の土地に誇りがあったり、満たされて楽しそうだったり。でも、そんな人生も素敵だけれど、私は色んなものを見てみたい、体験したいと思って親元を離れ、あちこちに住んでみたり外国に行ってみたりもしました。まだ住んでいる所にしっくりきていなく、旅の途中、という感じがします。そのうちここだ、としっくりくる日が来るのかなあ。yspringmindさんはアメリカやボローニャ、ローマなどに住まれて、そのときの思い出や感じたこと、気持ちを丁寧に書かれているので、ブログを拝読しながら自分自身のことも振り返るきっかけをいただいている気がします。
いつもコメントが長くなってしまってすみません。
  • URL
  • 2019/05/01 15:40

yspringmind

Julienneさん、こんにちは。私は子供の頃から緑のある家に住んでいたので、何時もそう言う感じの居場所を探しているようです。アメリカに住んだ最初の1年半は街中でしたが、その後は緑が家のどの窓からも見える界隈でした。相棒がそういう場所に住んでいたこと、私には大変な幸運でした。
母は何かて作業するのが好きだったようです。ですから子供の洋服も縫えば、自分の着物も縫うし、編み物もしました。気ようなんですよ。これも私には幸運でしたね。母が作ってくれた服は、何よりも嬉しかったです。
Julienneさん、思うに人は皆、いろんな形で旅をしているのかもしれませんよ。私はまだ旅の途中です。少し前まで私の旅はもう終わって、ずっとここに居るのだろうと思っていましたけれど。この先のことは分かりません。相棒と共にどこかに移り住むこともありです。人生は先に何が待っているかわからない。だから面白いのかもしれませんね。

  • URL
  • 2019/05/03 19:04

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