久しぶりに歩いてみようか

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1年と10か月前に髪を切る店を替えた。8年も9年も通った店で気に入っていたけれど、髪を切る彼女の腕は大したもので此れに勝る人は見つけられそうにないとすら思っていたけれど、様々な理由が重なって店に行かなくなった。通う店が替わると足を運ぶ界隈も自然と替わるものだ。以前は髪を切って貰った後にその周辺を散歩したり、軽い食事などを楽しんだものだけど、あの店に行かなくなったことですっかり足が遠のいてしまった。ふと思いだして、それから天気がいいことも手伝って、久しぶりに歩いてみることにした。
見た感じ、何も変わっていなかった。以前と同じ。ただ、私だけがちょっとのけ者になったように感じたのは、この辺りに関係がなくなってしまったからかもしれない。それも単なる気のせいかと思うけれど、場所への愛着とはそう言うものなのだろうと思う。何年も前の土曜日、髪を切った後にポルティコの下を歩いていたら、向こうの方から大きな声で名前を呼ばれた。辺りを見まわしてみたが見覚えのある顔は見当たらず、はてな、誰だろう、と歩みを止めて待っていたら、遠くの方から黒尽くめのふたりの若者がやって来た。其のひとりは仕事を通じて知り合った人で、と言っても随分長いこと会うこともなかった、当時はまだ20歳にやっとなったばかりの、男の子と呼びたくなるような、水色のビー玉のような瞳の若者だった。もう何年も会っていないのに外国人の名前をよく覚えていたと、私はちょっと感激した。彼の横に居たのは同じくらい若い女性。恋人なのだと言って紹介してくれた。この辺りにはよく来るのかと訊けばそうではないという。郊外に住んでいるからボローニャ旧市街などにはあまり来ないとのことだった。だからこうして此処で会ったのは実に偶然が偶然を呼んだものらしかった。彼が私の名前を大きな呼んでくれたのは嬉しかった。単なる通りすがりの存在でしかないと思っていたのに、ちゃんと名前を覚えていたなんてねえ、と、そのことを未だに覚えているのだから、私はどれだけ嬉しかったのだろう。また会うことはあるだろうか。また何処かで私を見つけたら、大きな声で私の名前を呼んでくれるだろうか。

仕事帰り、家の近くのバスを降りて、思いついてパン屋さんに入った。ガラス越しにチョコレートのトルタが見えたからだ。財布の中にはあまり残りがなく、小銭が幾つかは入っているだけだと知っていながら。店の人に丁度ふたり分ほど注文した。今日はあまりお金が残っていなくて、なのに何故かお金がない時に限って美味しそうなものが目に入って我慢できなくなるのだと、と言い訳する私に、店の人が笑って言った。そういうものなのよ。みんなそう。私もそうよ。このパン屋にはどうやらそうした客が多いらしい。あはは、と顔を見合わせて笑った。次はもう少しお金が財布に入っている時に立ち寄ることを約束して店を出た。




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