誰かが私を覚えている

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折角の土曜日に雨。2日前は気温が十分上がって着こんで出かけた私は大変後悔したというのに、今日は家の中に居てもしんしん冷える。実に秋らしいと言えばその通りだけれど、音もなく降り続ける雨に溜息をついてしまう。樹々や草花は喜んでいるだろうか。乾いた地面も喜んでいるだろうか。いつの頃からか暑いのが苦手になった私にも秋は有難い季節だけれど、黙々と降り続ける雨だけは、多分何時までも好きになれないだろう。気が滅入ってしまう。色んなことを考えてしまう。考えても仕方のないことや、通過してきたことの小さなどうしようもないことなど。きっとそんな午後になるだろうと思っていたから、午前のうちに外に出た。雨は降りそうで降らない、鼠色の雲が空を覆っている旧市街へと。

午前中と言ったって、家を出たのは既に11時半を回った頃だった。朝寝坊をした上に、のんびり朝食をとって、それから猫の世話をして、後回しにしたらいいのに家の中の整理整頓をしたから。悪い癖だ。後回しにしてもいいことも、何故だか先に終えたくなる。こういうこととうまく付き合えるようになったらば、もう少し早く家を出られると言うのに。近所の停留所でバスを待っていた。すると向こうの方から笑いながら近寄って来る男あり。若い男だった。今風の若者で、と言っても30歳前後だろうか。洒落た格好で連れの男と話ながら近づいてきた。肌の色が濃く、ひょっとするとインドネシアやインド、パキスタン辺りの人に見え、しかし両親のどちらかがイタリア人なのだろうと思える顔つきだった。そして男は私のすぐ傍まで来ると、やあ、元気だったかい、と言って私の名前を呼びながら肩に手を置いた。これに大変驚いた私はあんぐりと口を開けて右手で、あんたいったい誰よ、私に何の用よ、と言った風なジェスチャーすると、男は一瞬ひるんで、次の瞬間に自分が忘れられていることに気付くと残念そうに眉をひそめた。君、僕のことを忘れてしまったの? 僕は最近引っ越してすぐそこに住んでいるんだよ。ねえ、僕のこと覚えている? そう言われて顔を覗き込むと、分かった。以前仮住まいしていた時に同じ建物に住んでいたピーノだった。相棒が言っていたっけ。彼はあのアパートメントをでて、その近くに家を買ったと。若いのによくやるなあ、と相棒が感心していたのだ。それにしても肌が黒い。全然イタリア人に見えないと言う私の困惑の声に彼は笑いながら、友人と肩を並べて向こうにあるバールへと歩いて行った。不思議なことだ。近所に住んでいても全然会わない彼と、こんな風に再会するとは。彼はミリタリーで仕事をしているから、何時も国外のミッションに駆り出されていてボローニャにはあまり居ない。実際彼と会ったのも、かれこれ3年ぶりのことだった。元気で何より。何時も危ない国に行っている彼だ。ボローニャに居る時くらいのんびり楽しめればいいと思った。ようやく来たバスに乗って旧市街へ行った。中央郵便局前の広場の停留所で下車しようとしたら、バスの中で誰かに名前を呼ばれた。見れば目の前に美しい人が居た。肩につかぬほどの髪を美しくカールさせて、目鼻立ちがはっきりとしていて、きちんと化粧をした、黒の革のジャケットとスリムのパンツスタイルがどうしようもなく格好良くて、街を歩いていたら誰もが振り向いてしまいそうな人。そんな人が私を知っているのだろうか。ありえない。ありえない。と思いながら彼女を観察すると、思いだした。私の表情で私が彼女を思いだしたのが分かったに違いない。ひとしきり普通の挨拶を交わして、彼女は、これから仕事に行くのだと言ってバスを降りて、私達は別々の方に歩いて行った。彼女は旧市街にあるフランス系化粧品店の重要人物。私がその店に初めて行ったのは、当時交流のあった友人に連れられてのこと。もう12年ほど前のことだ。この店はいい、大変親切だから、とのことで友人が行きつけにしていた店だった。そうして店に行ってみたら、成程大変親切で、スキンケア類に関していえば購入する前にサンプルを貰えるから失敗することがない。私のように肌が弱い人には、実に有難いシステムだった。その時に居たのが彼女。あれから随分経って沢山の人が入れ替わったと言うのに、彼女は今も店に居る。何か質問したい時、何か問題があった時は、彼女を探せが何とかなる。そんなことから名前を覚えて貰ったのかもしれない。しかしそれも、もう3年ほど店に行っていない私は、彼女のことすら忘れていた。3年も店に来ない客の私を彼女はよく覚えていた、と驚くと同時に、優秀な店員と言うのはそう言うものなのだろうと思った。それにしたって格好いい彼女。私は振り向いて彼女の後姿を眺めた。あんな格好いい人、私の友人知人の中にはひとりだっていない、と思いながら自分が何とツマラナイ、無難な装いをしているのだろうと残念に思った。あそこまで格好良くなくてもいい。でも少しは見習いたいと思った。

長くボローニャに居るけれど、かと言って沢山の人を知っている訳ではない。普段は家と職場の往復だ。昔は週末ごとに人を家によんで夕食会をしたり、招かれて誰かの家へ行ったものだ。そうした場所で知らない人と出会い、人間関係が広がったものだけど、最近はそういうことにあまり関心がなくなってしまった。それよりものんびり。自分の時間を楽しみたい。したいことは沢山ある。時間が足らないくらいなのだ、と。しかし誰かが私を覚えている。もう交流もないのに誰かが私を覚えてくれているのは嬉しいことだと思った。こうした小さなことが、自分が気付かぬだけで、私の生活に散りばめられたエッセンスなのかもしれない。人間は自分ひとりでは生きていけない、というのはこういうことなのかもしれない。私を覚えていてくれたことに有難う。私の生活は見えない様々なことに支えられていることに気付いた土曜日だった。







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