写真整理

P1030047 small


ほんの少し雨が降った。昨日は降る、降ると言いながら遂に降らなかったから、今日もそんな一日になるのだろうと思っていたのだけど。しかし大した雨ではなく、ちょっと降ってみました、みたいな雨。姉の話によると姉が暮らす辺りでは毎日のように激しい夕立のような雨が降るらしく、その上、湿度も気温も高いそうだ。私が日本を発ってからも、まだ猛威を振るう暑さ。日本の気候はどうなってしまったのだろう。
今朝はしっかり眠ることに成功した。したいことは沢山ある。帰省した際の数々の写真の整理。緩んだブラウスのボタンの付け直し。アイロンもかけたいし、本も読みたい。と、書き上げればきりなく出てくるほど、したいことが沢山ある。しかし、ほどほどにしておこうと思う。夏の疲れを癒す週末なのだ。とりあえず今日はひとつだけ。写真の整理をすることにした。姉と訪れた様々な場所。友人と歩いた道。つい先週のこと。夢じゃない、本当にあったことだ。しかし時差ぼけこそ残っているがボローニャの生活リズムにすっかり戻った私は、写真を眺めながら手の届かないほど前のことのように思う。そんなものなのかもしれないが、自分がすっかりボローニャの人間になってしまったような気がして淋しく思う。

もう数日でボローニャに戻るという頃、台風20号が四国辺りにやって来た。関東地方には影響はないものの、台風が日本に上陸している時にありがちな高温多湿の息の詰まるような空気が街を覆っていた。何処へ行くか決めたのは、そんな朝だった。電車に乗って秩父に行こう。長年日本に住んでいたのに秩父に足を延ばしたことがなかったからだが、実は美味しい蕎麦があるらしいと耳に挟んでいたのが秩父へ行きたい理由だったと知ったら、姉はきっと驚いたに違いない。その辺りでは手打ち蕎麦を胡桃のつゆにつけて頂くらしい。それがひとつの名物だから秩父には沢山の蕎麦やがひしめくように存在しているようだ。そんな中でも出来れば地元の人達が、今日は蕎麦にしようか、と言って気軽にいくような店に行きたい。それが私の希望だった。
少し雨が降った。傘を差したり閉じたり。夜中のうちに沢山降ったらしく、大きな水溜りが幾つもあった。それを避けながら小さな神社で立ち止まったり、路地に迷い込んでみたり。それだけでも堪らなく楽しいのに、大好きな姉と一緒の散策は他に代え難い喜びだった。子供の頃から姉が好きだった。一種の尊敬みたいなものがあったのは、姉は何をしても優秀だったからだ。子供なのに彫刻刀を持たせれば木彫りの美しいオルゴールを作るし、筆を持たせれば美しく立派な字を書き、勉強にしても怖いもの知らずだった。私は姉の全く反対で、夢見る妹だった。絵ばかり描いていて。姉の後ろにひっついて歩いて。唯一姉より秀でていたのは走ることだっただろうか。姉が出来過ぎる為にしばしば周囲の大人に比較されてツマラナイ思いをしたけれど、だからと言って姉を嫌いになることはなかった。寧ろ、そんな姉が自慢で、いつも一緒に居たいと思っていた。そんな私が、ある日姉が持ち帰って来た外国の音楽や外国の映画によって外国に暮らしたいと思うようになり、遂にはアメリカに行ってしまった。しかしそんなことが私を触発したなんて、姉は夢にも思っていないだろう。と、私達は大通りから一本入った地味な道沿いに蕎麦屋を見つけた。家族営業しているような店。平屋で昔ながらの外観の店だ。腕時計を見るとまだ正午前だったが、通り過ぎてしまいたくなかった。姉と顔を見合わせて、意見一致で店の引き戸を開けた。店にはひとりの客が居た。見た感じ、近所の人だ。席は座敷しかない。少し早いが気持ちよく店主が座敷にあげてくれた。あった、あった。せいろと胡桃のつゆ。思いのほか安価で、再び姉と顔を見合わせる。そうして出てきたのは赤い漆塗りの大きな器に盛られた手打ち蕎麦。胡麻のつゆにつけてひと口食べてみたら、想像以上のうまさだった。大当たりだね。うん、大当たり。私達は座敷で足が痺れるのも忘れて、夢中で食べた。此処に相棒が居たならば、恐らく3回はお替りするだろうと言うと、姉は嬉しそうだった。後から後から家族連れが入り、あっという間に満席になった。私が望んでいた、地元の人達が気軽に足を運ぶ店だった。勘定を済ませる時に、とても美味しかったからまた来たいことを述べると、店主と、奥で忙しく動き回る店主の息子が、有難うございます、と元気に返答したのがとても印象的だった。蕎麦屋のおかげで秩父の印象ががぜん良くなった。その先にある大きな神社に行くと、年配の夫婦ものが大木に両手を当てたり、耳をつけて何かを聞き取ろうとしていた。何故そんなことをしているのかと訊ねてみたら、やってごらんと言う。大木が良いエネルギーを与えてくれるのだと言う。そして耳を付ければ、樹の中に水が流れる音がするのだと言う。真似して耳をつけてみたら、確かに水の流れる音。どうやら本当の話らしい。それならと、大木に両手をつけてよいエネルギーを頂くことにした。沢山ください、私が元気でいられるように、と心の中で唱えながら。それから再び電車に乗って河の町に行くと、店先で胡瓜の浅漬けを見つけて一本購入した。この年齢になって、まさか胡瓜を齧りながら道を歩くなど夢にも思っていなかったと言ったら、姉がはちきれるように笑った。本当だね、うん、本当に。色んな人と言葉を交わした一日。沢山笑った一日。姉が私を喜ばせるために作ってくれた大切な一日。何がそんなに楽しかったのかは分からないが、どうしようもなく愉快な一日として心に残った。

今夜は相棒に写真を見せよう。私が歩いた道。友人との時間。姉との思い出。一緒に来ることが出来なかった彼は、きっと残念がるに違いない。




人気ブログランキングへ 

Pagination

Comment

Post Your Comment

コメント:登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

yspringmind

Author:yspringmind
ボローニャで考えたこと。

雑記帖の連絡先は
こちら。
ysmind@gmail.com 

フリーエリア

月別アーカイブ

QRコード

QR