下町のちゃきちゃき

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台風19号に続いて20号が日本を襲う。数日涼しい日が続いたので、暑さもこれまでかと思ったけれど、どうやら大きな勘違いだったらしく、今日は暑い一日になった。そんな中、姉と私は浅草へ。これは私のため。浅草が好きな私の希望を満たすためだった。浅草は混雑しているから、との姉の話であったけれど、駅を出て浅草の街を歩き始めた限りでは、2年前の夏の方がずっと込み合っていたように感じた。世間の人たちの休暇が終わっているせいかもしれない。もう8月も22日なのだから。子供たちの夏休みはまだ少し続くが、浅草は小さな子供たちが来て楽しいような場所ではない、と私は思う。

ところで混んでいたのは蕎麦屋だ。私と姉はいつも尾張屋という名の蕎麦屋に足を運ぶ。尾張屋は浅草に2軒あって、ひとつは本店、もうひとつは支店。私達の贔屓は本店。ここにはもう随分な年齢の老女がいて、お勘定の仕事を牛耳っている。姉は若い頃、浅草のこの辺りの会社に勤めていたから、この辺りのことをよく知っているが、そのひとつがこの尾張屋本店で、この店に居る老女のことだった。もちろん姉が一方的に覚えているだけで、老女は姉のことなど覚えている筈もない。何しろここには驚くほどの常連客が通い、旅行者が訪れるのだから。車海老の天婦羅を載せた天重もいいが、私はやはり蕎麦、蕎麦がいい。いつのころからかどうしようもなく蕎麦が好きになり、こうして帰省すると蕎麦、蕎麦とうるさい。えび天せいろをあっという間に平らげて、入り口前で勘定を済ませたところで姉が老女に声をかけた。いつまでもお元気で何よりですね。すると老女はこちらを向いて、うんうんと頷きながら、おかげさんで、有難いことです、と言った。皺くちゃだけど、いい皺が沢山刻まれた笑顔だった。おかげさんで、有難いこと。老女の言葉が胸に沁みた。他にも沢山のうまい店がある浅草で、しかし廃れることなく常連が、旅行者がここに足を運ぶ理由がここにあるのかもしれないと思った。店を出て路地を歩いた。まるで人を避けるようにして。そして和食器の店に行った。小さな器を買い求めたのは相棒のためだ。有田焼。ボローニャの食卓に並ぶ白い食器のアクセントとなるように。そうしたら、一緒に来れなかった相棒も少しは日本を感じることができるのではないかと思って。こうした店は沢山あるが、此処も姉が懇意にしていた店らしく、お墨付きと言うわけだった。これから帰省するたびに少しづつ買い足したら良いかもしれない。そんな楽しみがあってもいい。でも、今日の浅草散策で一番嬉しかったのは、舟和の芋ようかんだ。なんだ、そんなものかと人は言うかもしれないけれど、私はこれで育ったから。それに、これには父の思い出が含まれている。父もまた舟和の芋ようかんが好きで、私が子供だった頃は父が仕事帰りに買ってくると私が大喜びして、私が大きくなってからは、何かの用事で私が出掛けたついでに買ってくると父が大変喜んだ。もっと手が込んでいて、繊細で、美味しいものは他にもあったのに、父も私も舟和の芋ようかんが好きだった。見たい場所は他にも沢山あったけれど、これで終了。何しろ暑かったから。家に帰る余力を取っておかねばならぬと思って。

ああ、それにしても浅草は素敵だ。外国人がこぞって訪れるのも無理はない。京都のような古典的な美しさはないけれど、下町の、ちゃきちゃきとした感じが、たまらなく好きだ。それにしても私は、イタリア語をまだちゃんと覚えているだろうか。ちょっと心配だ。




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