始まり

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昨晩、遅い夕食時に降り始めた雨。降り始めはポツリ、ポツリ、と。そしてあっという間に激しい雨になった。東の空が稲妻で幾度も白く光ったが、猫が1メートルも高く飛び上がって抽斗箪笥の下に潜りこんだ時の稲妻は、人間の私でさえ背筋がザワザワとざわめいた。後にやって来たのは涼しさではなく生温い沢山の湿度を含んだ風。おかげで寝つきがひどく悪くて、夜中に幾度も目が覚めた。こんな風に目覚めた日はしんどい。その上、朝から蝉がしきりに鳴いている。しかし其の蝉が鳴かなければ、夏の情緒も半減するのかもしれない。それでなくとも私が過ごした子供時代の夏らしさが何処を探しても存在しなくなった今、蝉くらい鳴いてもらわねば、という感もあるから、思い存分鳴いてもらうことにしよう。

色んな夏を通過したけれど、思いだすのは1992年の夏。アメリカに渡ってもうじき1年経つころで、手強かった言葉の壁を乗り越えて、知人を通じて得た仕事に就いて、ようやく自分らしく生活できるようになった、そんな時期だ。経済難という難問を抱えていたけれど、私にはそれさえも楽しかったのだと思う。一時はここを去らねばならないかもしれないと思った、その辛さや悲しみ寂しさを思えば、貧乏でも自分の好きな街に暮らせるのは幸せ以外の何物でもなかった。洗いざらしのシャツにジーンズやショートパンツ。若かったからどんなものでも良かったというのもあったけれど、若かったからどんなものでも似合ったと言ったら自信過剰だろうか。それに周囲もそんな風だった。あの時代のあの街の人達は、そんな、さらりとした感じがあったから。私は坂に面したアパートメントで友人3人と共同生活をしていた。扉のない広い部屋は私の部屋だった。あまりにプライヴァシーがないので入り口にカーテンを吊るしたが、しかし部屋の窓とキッチンの扉を開けると、カーテンが大きく膨らんで目隠しになどならなかった。それでも私はその部屋が好きだった。出窓越しに時々挨拶を交わす隣人。彼は病んでいたから、大抵ベッドに横たわっていて、だから窓辺で挨拶を交わせるということは、彼の調子が良い証拠だった。その彼には実は引っ越してきた当初に随分と悩まされたことがある。家に帰ってきたら、入り口に張り紙が残されていた。扉をバタンと閉めないように。そんな張り紙だった。扉をバタンと閉めた覚えはないけれど、しかし、とその日から気を付けるようになった。少しするとまた張り紙があった。それで彼と話をする為に部屋を訪ねたところ、彼が病人で、枕もとで扉の閉じる音が大変煩わしいことを知った。しかし私達はバタンと扉を閉めていないけれど、と話し始めたところで扉を閉じる大きな音がした。私が部屋を飛び出して犯人を捕まえに行くと、それは反対側の部屋の住人だった。私がそう報告すると、彼はすまなかったね、僕はいつも横たわっているのだけど、方向感覚が悪くなっていたのだろう、と詫びた。そういう形で私達は親しくなり、彼が出窓の外に並べた小さな植木鉢に水やりをする時に出くわすと、挨拶を交わすようになったという訳だ。時には窓から腕を長く伸ばして、私の植木鉢にも水をくべてくれた。そうして目が合うと、弱々しく手を振ってくれて、私を嬉しくさせ、そして心配させた。彼のところには時々友人が訪れた。最後に友人が訪れた時は、もう彼は空の星となった後だった。君が彼がよく話していた東洋人の女の子。彼の友人は私にそう言った。彼は私のことを大変気に入っていたらしく、名前は全然覚えていなかったから、東洋人の女のこと呼んでいたらしい。女の子と言ったって私はとっくに成人して、大人だと自覚していたけれど、彼からすればそんな風に見えたのかもしれない。友人は彼の部屋を片付けながら、部屋の片隅から箱を取り上げて言った。これは君宛の箱だよ。単なる隣人なのに彼は私に形見を残していった。でも、私は既に形見を貰っていた。彼が前の日に病院に運ばれたという日の晩、と言っても私はそれを後日知ったのだけど、私は見たのだから、彼の姿を。いつものように窓越しに腕を長く伸ばして私の植木に水をくべて、目が合った私に手を振った。それが彼の形見。最後まで私に手を振ってくれた彼の姿。あれから26年が経ち、様々な記憶が薄れていく中で、こればかりは昨日のことのように鮮明だ。彼は隣に住む気に入りの東洋人の女の子に最後の挨拶をしに来たのだ。財産がないどころかひと月先の生活の予定もつかぬ不安定な生活をしていた私だったけれど、あの頃には沢山の思い出が詰まっている。私の手の中には何もなかったが、周囲の人達がいつも見守っていてくれた。必要な時に手を差し伸べてくれた。悲しい時には必ず誰かがふらりと現れて心を癒してくれた。貧乏生活だったくせに豊かだと感じた時代だった。その豊かさは自分が作り上げたものではなくて、周りの人が与えてくれたものだった。それまで私は自分を運がいい人間だと思ったことはなかったけれど、あの頃から自分の運を信じるようになった。そして助けてくれる周囲の人達を悲しませないためにも、私は正しい人間でいよう、チャレンジ精神を失わないでいよう、そう思うようになった。それに気づいたこと、それが私の新しい生活の始まり。1992年の夏のことだ。

今日も雨が降った。夕立で、南からの強い雨と雹が降った。今日の雨は恵みの雨。気温が8度ほど下がって、剥き出しになった肩と足首が痛いくらいだ。猫は何処かに行ってしまった。多分また抽斗箪笥の下に違いない。あの抽斗箪笥の下。どんな感じなのだろう。一度私も潜りこんでみたいものだ。




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