週末

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待望の週末。落ち着いた一週間になると思っていたが、思いがけず忙しい毎日を過ごした。だから待望の週末、という訳だ。今朝は近所の人達が揃いも揃って朝から外出。こんなに良い天気だから、海や山へ出掛けるのだろうと思っていたら、そうではなかったらしい。昼食時間に間に合うように帰ってきた人達の手には大きな手提げ袋が。そうだ、今日は夏のサルディの初日だった。どうやら目当てのものを射止めたらしく、どの顔も大変満足そうだった。私はといえば、この夏はサルディのために出掛ける予定はない。事前に店を見て回ってみたけれど、実のところ欲しかった白いシャツ以外、此れと言って気に入った物がなかった。さて、その白いシャツだけれど、木曜日に店に立ち寄った時にはまだあったが、金曜日の夕方に立ち寄った時にはもうなかった。残念といえば残念。けれどこれで諦めがついたと言う感じもある。あれはやはり私には高価過ぎるシャツだったのだ。あの素敵な白いシャツが、素敵な女性の手元に渡ったならば、それでよいではないか。こんな風に物事を客観的に考えられるようになるなんて、いつの間にか少し成長したらしい。白いシャツが目の前から消えて、サルディに出掛ける必要がなくなった。

面白いことに気付いた。私は海のある街に暮らすのが好きなくせに、夏に海を楽しむことについてはあまり関心がないこと。私が好きなのは、波の音、潮風、潮風で錆びた鉄板の色や、海の向こうに何があるのだろうと思いを馳せる時間。人が少なくなった砂浜を歩きながら貝殻を拾うこと。夕方になると海からやって来る霧の群れや、夜中に聞こえる船笛。私と相棒が暮らしていたサンフランシスコには、それらの全てが詰まっていた。
25年も前のことだ。相棒と結婚して少しすると、ボローニャから若者がやって来た。彼は相棒の幼馴染の弟で、名前はマルコ。多分25歳くらいだっただろうか。私達のフラットに居候して、住宅街にある小さな語学学校に数か月通うというプランだった。栗色の巻き毛を短く刈っていたが、口髭があって若いのか若くないのか分からないと言った印象だった。性格が良くて優しくて、しっかりしたガタイの彼は、学校に通うなり沢山の取り巻きが出来たようだった。学校に通う学生ばかりでなく、若い先生までもが。その若い先生だけれど、彼にくっついてうちに来たことが幾度かあった。短い巻き毛の透き通るような肌の女性だった。以前ミラノの大学に通ったことがあるとのことで、そんなこともあって彼に強い関心を持ったようだ。片言のイタリア語で彼女が話しかけ、片言の英語で彼が話しかけた。ある夕方、マルコが彼女の車に乗って帰って来たかと思ったら、私を迎えに来たという。何があるのかと訊けば、海に行こうとのことだった。時は夏、遅くまで空が明るいから、浜辺を散歩しようよ、ということらしい。彼らとともにどうして私が行かねばならないのかは今になっても分からないけれど、兎に角そんな風にして、私達は車で海を目指した。まっすぐ西へ走れば海。車で15分ほどであるが、途中で彼女が思いだして、寄り道をしたいと言いだした。それで数ブロック北に車を走らせると、其処は素敵な界隈だった。昔、私と友人が、こんな界隈に暮らしたいと望んだ、そのひとつだ。其処に彼女の友人の家があるとのことだった。車を路上駐車したその目の前が、友人の家だった。広すぎないが充分な庭のある一軒家。友人家族が住むというその家は、この街特有のビクトリアン様式ではなく、長閑な田舎の一軒家という雰囲気があって一瞬のうちに私は恋に落ちた。こんな家がこの街にあったなんて。軒下に立てかけられた波乗りのボード。少し錆びかけた自転車。吊るされた竹風鈴が風に揺れて、心地よい音楽を奏でていた。中から出てきたのは、同年代の女性。彼女たちは実に久しぶりに会ったらしく、抱き合って喜んだ。友人は音楽家で、今はその殆どをフィレンツェで活動しているという。だから今日家に居たのは実に偶然のことで、運が良かったと言って彼女たちはまた抱き合って喜んだ。私達はそこで何かを話したに違いないが、驚くほど何も覚えていない。覚えているのは家の外観と庭の様子。聞こえてきた竹風鈴の音。こんな家に住めたらいいのに、と。彼女たちの長いお喋りが終わり、海辺に行くと風が強くてどうしようもなかった。波は高く、風が冷たくて、私達は30分もしないうちに海辺から退散した。その晩、彼が夕食を準備した。何時も私が準備してばかりいるからということで。大蒜と唐辛子のパスタ。シンプルだけど美味しくて私達皆の好物だった。あの頃のことはよく覚えている。私も相棒も若く、大きな問題などひとつもなく、様々な友人が家に出入りして、多分、大変幸せだった。今が幸せではないかといえばそうでもない。今だって、とても幸せだ。ただ、あの頃とは違う種類の幸せかもしれない。若くて無鉄砲で何もかも可能に思えたあの頃の幸せとは、ほんの少し違う幸せ。それでいいと思っている。

それにしたって蝉は疲れないのだろうか。朝からずっと鳴き続けているけれど。さて、テラスの植物に水をくべるとしようか。




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