小さな宝石

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最近美味しいのはメロン。毎晩メロンを食べるのが楽しみで、夕食時が待ち遠しいくらい、と言うほど今はメロンの旬。どの店に行っても食べごろのメロンが手に入るとは思うけれど、私は近所の小さな店に。それでなくても暑さ冷めやらぬ夕食時に、大好きなメロンで失敗したくない、そんなことはあってはならぬ、というのが此の店に出向く理由である。美味しいメロンはないかと訊くと、大抵店主が食べ頃の一番美味しいのを選び出してくれる。美味しいのがない時には、2日後にはいいのが手に入るから、などと言ってくれるのがこの店のいいところかもしれない。何にしても、私好みのメロンが終わるまで、まだ半月ほどある。存分に堪能しようと思っている。

時々思い出す人が居る。シボル。香港生まれの香港育ち。豊かな家系の娘として生まれ、何に困ることもなく大人になった美しい彼女。パリに憧れて、パリに暮らし、それから少ししてアメリカへ渡り、其処で私は彼女と知り合った。彼女は私の同居人と同じカレッジに通っていた人だった。同居人と彼女が仲良くなり、目と鼻の先のアパートメントに住んでいるということもあって、彼女たちは互いの家を行き来するようになった。私とシボルの出会いはそのうちの一コマで、本当に顔を合わせるだけだった。それが、そのうち彼女が私にも声を掛けるようにと同居人に言ったのか言わなかったのか、兎に角一緒に出歩くようになり、彼女の家に行くようになった。同じ東洋人ということで何か感じるものがあったのだろうか。それともいつも家にぽつんと残っている私を可哀そうだと思ったのだろうか。どちらにしても美しい、大人っぽい低い声で耳に心地良い英語で話す彼女と居るのは楽しいことだった。夏になると同居人が家族を訪ねて留守がちになった。同居人は留守だと言うたびに、いいの、今日はあなたと話がしたいだけだから、と言って私を外に連れ出した。カフェが連なる界隈へ晩に繰り出したこともあれば、私の仕事が終わるのを待ち伏せしていて、夕方の閑散としたイタリアンカフェに行ったこともあった。私と話がしたいからと言ったくせに、相手が私でなくてもよいような、ごく普通の話をした。私を勇気づけるためだったのではないだろうか。その頃つまらないことが起こってめそめそしていた私を、そんな形で応援してくれていたのではないだろうか。それとも私は話をしやすい相手なのだろうか。様々な理由を考えたものだけど、どちらにしても彼女と一緒に時間を過ごすのは楽しいことだったのだろう。25年経つ今でさえ、彼女のことを思いだして、車を止める場所を探して夜の街をぐるぐる回ったことや、夕方のカフェは大きなガラス窓が取り外されていて、行きかう人を眺めながら他愛のない話をしたことを、明るい記憶として思い起こすことが出来るのだから。靴はフランス製がいいのよ、と彼女は言っていた。彼女のウォーキングクローゼットから一足の靴を取り出して見せてくれたのはかっちりしたローファーで、しかし手に取ると皮が驚くほど柔らかかった。履けば履くほど良くなる靴がいい。靴は直してまた履く、だから良いのを購入するのが秘訣。私はそんなことを彼女から教わった。フランスの靴が一番よ。そう言っていたけれど、彼女はイタリアの靴を知らなかったのだろうかと今は思う。例えば、私はイタリア製の靴がいい。イタリア製が一番いい。勿論、フランス製の靴を履いたことがないから、比較すらできないのだけれど。
今日、シボルのことを思いだしたのは、靴の手入れをしたからだ。洗濯もアイロン掛けも買い物もしたことの無かったシボルが、唯一自らしていたのは靴の手入れだったから。布で埃をぬぐって、クリームで綺麗にすると、最後に柔らかな乾いた布で磨いていた。靴が好きなのよ、と言っていたけれど、いいえ、シボル、あなたは他にも好きなものは沢山あった。あなたが近くに住んでいるおばさんと一緒に行って選んだ新型のドイツ製の車とか、ダウンタウンの角地にある大きな有名ブランドのシンプルな紺色のジャケットとか。ただ、靴には特別な思い入れがあったのだろう。その理由はついに訊かなかったけれど。
もう会うことの無いシボル。彼女が私を思いだすことはないだろうけれど、多分、私は忘れることはこれから先もないだろう。私達が関わったのは長い人生の中のほんの一瞬だけど、私の長い人生に散りばめられた沢山の小さな宝石のひとつがシボルなのだ。大切にしたいと思う。

沢山汗を流した週末。ゆっくりしたのに疲れているのはそのせいだろうか。今夜は冷たい食事と美味しく冷えたスパークリングワインでも頂きながら、日曜日の晩を堪能しようと思う。




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micio

こんにちは。
私もイタリア製の靴が好きですよ。
フランスに行ったときに靴屋さんに入って、手に取った靴は偶然にも全てイタリア製でした。
なんとなく琴線に引っかかるというか、無意識に自分の好きなものを見分けているんでしょうね。
  • URL
  • 2018/07/02 04:14
  • Edit

yspringmind

micioさん、こんにちは。
イタリア製とフランス製は見た瞬間で何となくわかりますね。何がどう違うのかはいまだにわかりませんが、印象が異なっているように思います。イタリアではフランス製を見ることは、あまりありません。私、ちょっと関心があるのですよ。どんな履き心地なのだろうって。
  • URL
  • 2018/07/03 21:10

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