歩く

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目を見張るほど空気の澄んだ土曜日。昨日何処かで大量の雨が降ったのだろう、午後から急に涼しくなった。いつもは停留所でバスを待っている時に、どうしてこうも暑いのだと何処を探しても日陰のないこの場所を恨むのだが、昨夕に限っては慌てて鞄の中からコットンのカーディガンを引っ張り出さねばならなかった。オフィスの中で着るようにと鞄に突っ込んであるコットンのカーディガンをまさかこの場所で着ることになるとは、と、ようやくやって来たバスの姿を確認しながら思い、苦笑したものだ。それにしても昨晩は涼しくて、家中の窓を閉め切って眠りについた。いや、眠りについたというよりは、家中の窓を閉めた途端、急に襲ってきた疲れに負けて、ちょっとベッドの上に横になったところ、そのまま眠りについてしまったのだけど。こういうことは滅多にない。覚えている限り、初めてのことだ。
今朝の空の青いこと。目の覚めるような青とはこんなことを言うのだろうと、窓の外を眺めながら感嘆した。冷たい風が吹いていた。20度というが、体感気温は17度ほどだ。絶好のチャンス。簡単な朝食をとって、身支度をすると外に出た。こんな涼しい日に、散策を楽しまぬ手はない。

昔から歩くのが好きだった。東京の街を地下鉄も使わずに幾駅分も歩いて、友人達にどうしてそんなに歩くのが好きなのだと訊かれたものだけど、これはどうにも説明しようがなかった。敢えて言うならば、乗り物に乗ってしまうと、その間の情景を眺めることが出来ない、そんなところなのかもしれない。この習慣はアメリカへ行くとさらに拍車がかかりバスを乗らずにぐんぐん歩いた。坂道が多いのも、ものともせず。そのうち街の地図を書けるようになるのではないかと友人に揶揄われたものだ。しかし悪い気はしなかった。自分が見ながら歩いた道は頭の中にちゃんと記憶されていて、それをペンでなぞるようにして書き記すのは案外楽しい作業なのではないだろうかと思ったから。ボローニャに来て半年もするとローマへと飛び出した私は、仕事は早く終わった夕方や休みの日になると歩いた。ローマという街は目に美しいものがぎっしり詰まっていて、いくら歩いても飽きることがなかった。遺跡があり古い建物があり、情緒豊かな通りがあった。道端の八百屋さんですら美しく見えたのは、私がローマという街に魅了されていたからだろうか。時々ボローニャから相棒がやって来ると、こんな場所を見つけた、こんな素敵な通りがある、と彼の腕を引っ張って散策に出掛けた。相棒は車人間で歩くのがあまり得意ではないから、しぶしぶ歩いたに違いない。それに相棒はローマの街をよく知っていたから、彼にとっては目新しくなかったのかもしれないが、喜ぶ私に同調して、ローマはいいなあと言いながら肩を並べて歩いた。それに比べてボローニャときたら。そんなことを言うと、そんなことはない、ボローニャは美しい街だ、と周囲の人達が口をそろえていったものだ。そうかしら、ローマの方がいいわ、と口をとがらせて言う私の言葉を、相棒は悲しく思ったに違いない。ボローニャの良さを知らなかった私。知ろうとしなかったのかもしれない、あの頃の私は。それを取り戻すかのように、今は私は時間があるとボローニャを歩く。こんなに素敵な街に暮らせて良かったと今は思っている。到底都会には住めぬ性格の私だ。丁度良い大きさのボローニャに暮らすことになったのは、幸運だったのかもしれない。そういうこともローマに暮らしたから分かったことなのかもしれない。そしてこの街の良さに気づくために、私には長い時間が必要だったのかもしれない。私らしい話である。何事にも時間が掛り、時には遠回りもすること。

涼しい空気に誘われて沢山の人が街に出た土曜日。夏至を過ぎた夕方の空。明るくて、ツバメが飛び交って、実に軽快だ。幸せだなあ、と思える夕方。そんな風に思えることのが何よりも嬉しい週末。




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