過ぎたこと

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蝉が鳴く日曜日の朝。息つく暇もなく鳴き続ける蝉の声に耳を傾けていると、窒息しそうになる。蝉の声を聞いているとじわりと汗が額に浮かぶ。子供の頃からそうだった。あの頃は、暑ければ暑いほど嬉しかった。今思えば不思議で仕方がないけれど、子供とはそもそも不思議な存在なのだ。それとも大人になると子供の気持ちを忘れてしまい、不思議に思えるのかもしれないけれど。兎に角いくら考えても、何故暑い夏が好きだったのか、思いだすことが出来ない。母に被らさせていたのはサッカーと呼ばれる涼しい生地で作られたレモン色と白のチェックの帽子。つばが広くて、今思えばなかなか可愛い帽子だったのに、嫌で嫌で仕方がなかった。揃いの帽子を被っていた姉も、同様だったに違いないが、姉がこれに関して不満を述べていた記憶は全くない。姉は、実に優れていて、あまり文句を言わぬ子供だった。長女としての自覚があったからなのか、長女としてそのように躾けられたのか。兎に角、私と姉は何を取っても対照的で、姉は優秀で、次女の私は甘えん坊の弱虫の、泣き虫だった。昔はそれが嫌で嫌で仕方がなかったけれど、今となれば良い思い出で、笑い話のように語ることができるようになった。そうだ、過ぎてしまえばどんなことも思い出になる。笑って話せるようになるのだ。

1995年の今頃、私と相棒は居候の身だった。アメリカから引っ越してきたが、相棒の両親のところには行かず、相棒の友人や幼馴染の家に居候をしていた。生まれて初めて居候の身になった私は、こんな状況で生活しなければならないことを恨んだものだった。何を恨んでいたかと言えば、考えなしにアメリカの生活にピリオドを打ってボローニャにやって来てしまった自分たちのことで、そして先の計画もなく不安に溺れそうになっている自分だった。悪い夢を見ているのではないだろうか。目を覚ましたら、アメリカの自分たちのあのフラットの、天井が水色に塗られた寝室に横たわっていればいいのに、と幾度も思ったものだった。話し相手が居なかった。あの頃は英語を話す人が周囲に居なかったからだ。今でこそどこの街へ行っても英語がそれなりに通じるけれど、当時のボローニャにはあまり英語が浸透していなかったから、イタリア語を話せないで此処に来た私の方が悪いとしか思えなかった。周囲の人達がそれなりに気を使ってくれた。私達を昼食や夕食に呼んでくれて、少しでも楽しく過ごせるように。ただ、私には皆の楽しい話が少しも理解できなかった。私は楽しそうなふりをして、皆の話に耳を傾けて、時間が経つのを待つばかりだった。時々話の方向が自分に向けられて、慌てたものだけど、それだってイタリア語が分からないから、直ぐに話題は変わっていった。思えば淋しい時期だった。そんなことが3か月続いたが、何時まで経ってもイタリア語が分からない私に舅が言い放った言葉が、私に火をつけた。お前は3か月経ってもイタリア語を話せないのか。お前は馬鹿なのか。嫌なことを言われると不思議と理解できるものだ。私をあまり好ましいと思っていなかった舅らしい発言だった。周囲の人達は、そういうことを言うものじゃない、あんただってイタリア語どころか、ボローニャ語しか話せないくせに、と舅を戒めたものだけど、若かった私は言われた言葉で火がついて、相棒との会話をイタリア語だけにした。私のちょっぽけな意地だった。いいんだよ、気にすることはない。そう、相棒は言ったけれど、私は二度と英語を使わなかった。それを舅は、気の強い嫁だ、と言ってまた周囲の人達に戒められたものだが、今思えば、あの一言がなかったら、私は長々とイタリア語の分からない生活をしていたのだろうと思う。私がローマで、フィレンツェで、そしてようやくボローニャで仕事に就くようになると、長いこと対立していた舅が私の一番の味方になった。うちの息子の幸運は、君のような人と結婚したことだ。何時だったか、家族皆で話をしていた時にそう言って、私達を驚かせた。一体何時からこんなに私の評価が高くなったのかと。長いこと私は舅が大嫌いだったけれど、多分舅も私のことが大嫌いだったはずだけど、いつの間にか私達は仲の良い家族になった。君のことを悪く言うと親父に怒られるから、と何時だったか相棒が言うのを耳にして、こみ上げる笑いを抑えるのに苦労したものだ。どんなつまらないことも過ぎてしまえばいいのだ。そんなことがあったんだよ、と笑って話せるようになる。

イタリア代表チーム不在のワールドカップ。残念と言えば残念。でも、イタリア代表チームには、よい勉強になるだろう。初心に戻るがよい。そして新しい気持ちで4年後を目指してほしいと思う。




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