銀の器

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今日も快晴。ジャスミンの勢いが凄い。先を争うように蔓が伸び、終いには互いが絡み合ってどうしようもなくなっている。もう少し前に棒を立てて誘導してあげるべきだった、と思うのは、毎年のことで今年初めてのことではない。こういうところが実にずぼら。我ながら進歩がないなあ、と思う。そんな自分に飽きれながら、収納戸棚の奥にあるものを取り出そうとして、あっ、と叫んだ。2本の似通ったプラスティックのボトル。よく似ていてどちらがどちらだか分からぬほど。しかしそれも手に取ってよく見れば、きちんとラベルが貼られてあって、ひとつは革製品専用クリームで、ひとつは銀製品専用クリームと一目でわかる。ただ、ラベルを見なければわからない。どちらも同じ背丈で同じ幅角ばった白いボトルだから。

寝室にある抽斗箪笥は2年前に相棒がプレゼントしてくれた古いものだ。150年ほど前のもので、ひどく傷んでいたものを丁寧に修復してくれた。その箪笥の上には2つの銀の器が置かれていて、大きめの円形の器は相棒と私の古い友人マッシミリアーノからの贈り物で、前者よりは小振りで角ばったのは相棒が持ち帰ったものだ。大きさも形も異なるそれらはどちらも少し深さがあって、とても使い勝手がよく、ここ数年の大の気に入りだ。飾りとしてではなくて実際に使う。単なる飾り物ならば、うちのあちらこちらに散乱している小振りのアンティークラジオだけで充分だから。飾り物だと埃がたまるのだ。その埃が苦手で、その埃を掃除するのも嫌いなのである。それで銀の器だけれど、使っているから埃はたまらないが、銀であるがために黒ずむ。時々磨いてあげねばならぬのが、銀との付き合いの約束事で、ふと思いついてふたつの銀の器を磨くことにした。20日ほど前のことだ。専用クリームを柔らかな木綿の布につけて磨く。が、不思議なことに少しも綺麗にならないし、銀を磨と布が黒くなるものだが、全然黒くならない。不思議なこともあるものだ。兎に角ふたつとも磨いたけれど、綺麗にならず不完全燃焼のまま作業を終えた。家に帰ってくると腕時計やら指輪を外して銀の器の中に置く。それから鞄の中にあるいくつかのものを取り出して、同じ器の中に入れる。そしてそれらを翌朝身に着けたり鞄の中に入れたりするのだ。そんな風に器に入れておけば、何処に置いたか忘れることがない。もうひとつは相棒用。腕時計や、ポケットの中に入れてあったものを器に入れる。そういう訳で2つ必要なのである。3日前にその器を見て、どうもおかしい、妙な色あいだ、と気付いた。まるで病気にかかってしまったかのよう。鈍い光を放ち、何かを訴えているかのよう。どうしたものかと思ったが、そのままにしていた。それが今日、収納棚の中の2つの似通ったボトルを見て分かった。どうやら私は間違えていたらしい。皮専用クリームで銀製品を磨いてしまったらしい。綺麗にならないわけである。それで今度こそ銀専用クリームを取り出して、例のふたつを磨いてみたら、まあ、綺麗になること。銀色の鋭い輝き。木綿の布はどんどん黒くなり、その分だけ銀の輝きが増した。ふたつ磨き上げてすっきり。綺麗になった銀の器たちが、ほっと安堵の溜息をついているかのように見えた。反省。もう少し色んなことに注意しないといけない。

寝室のテラスの前の菩提樹の花の匂い。そしてキッチンのテラスにあるジャスミンの花の匂い。花の匂いが凄い。それも6月の風物詩だと思えばよいのだろう。花が沢山咲いて文句を言うなんて、私も随分と我儘になったものだ。




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