美しい人達

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穏やかな週末。少なくとも私は骨の髄まで酸素が行き渡っているような感じがする。何時も忘れがちな深呼吸を朝から幾度しただろう。良い証拠。これは良い証拠である。身体の力をすっかり抜いて、のんびり過ごす週末。必要だったと思う。

先日、旧市街の食料品市場界隈を歩いていた時のことだ。その界隈には不釣り合いな感じの創作アクセサリーなるものを置く店の前で足を止めた。この店の前はどんな店だっただろうかと頭をひねるが、全く記憶にないのだから、案外、地味で活気のない店だったのかもしれない。2軒並ぶ魚屋の筋向い、サラミ屋と青果店の間という、まさに食料品に溢れた場所に構えた小さな店だ。奥行きもあまりない。店の中はうす暗くて、よく見えないが、シンプルな内装だ。創作品は金を使ったものが多く、既製品とは違うユニークな表現で私の関心を大いに引く。ウィンドウに並ぶものはごく少ない。もしかしたら店の中に入れば、客の関心に合わせて抽斗の中から出てくる仕組みなのかもしれないと思いながら、ウィンドウが変わるたびに、足を止めて鑑賞するようになって、もう数年になる。誰が作っているのだろうか。そしてどんな人が身に着けるのだろうか。店の中に客が入っているのを見たことはないが、つぶれる様子もないので、良い客がついているに違いない。一度美しい形の金の指輪が飾ってあった時は息を飲んだ。こんな感じのをずっと探していたから。けれども勇気がなくて店に入らなかったのは、手の出ぬ価格がついているだろうと、安易に想像できたからだ。資金もなく、冷やかしで入るのはあまり好きではない性格だ。だから何時も私はウィンドウの観客。私にはそのポジションが丁度いい。と、店の前を離れて歩き始めたところで、素晴らしくカッコイイ3人組を見た。初めに目に入ったのが真ん中に居た女性。背丈は180センチはあるだろうと思われる、明るい栗色の髪を後ろにひとつに纏めて小さなお団子にしていた。色白の美人さん。長い首、長い手足。着飾る必要などないと言うかのように、シンプルな色でシンプルな形の装いをしていた。その両脇にはやはり長身の男性。彼らも大変こざっぱりした清潔な装いだった。そのシンプルさが酷く洒落ていた。シンプル、シンプルと言うが、仕立ての良いものを身に着けているのは明快だった。肩のラインの美しさや、素材の良さは選び抜かれた感じがあった。兎に角雑誌から飛び出して来たような3人組で、行きかう人々の視線を浴びていた。羨望の視線、感動の視線。どのようなものを身に着けたら自分の魅力を引き出すことが出来るか知っている人達。若しくは、どんなものが自分に似合うかを知っている人達。私などは開いた口が塞がらなかった。何しろ目の前から彼らが歩いてくるのだから。彼らは明らかに外国から来た人達で、察するに北欧かドイツかオランダ辺りの人達。根本的な骨格の違いに脱帽だった。何かの仕事でイタリアに来たフォトモデル達、若しくはその手の美しい職業につく人達かもしれない。そんなことを考えていたら、3人組があの店の前で足を止めた。長身をかがめてウィンドウに見入って、目を見開いて皆で顔を見合わせて、そして中に入っていった。発見。あの店に人が入ったのを初めてみた瞬間だった。彼女のような人には、あの店の創作品がよいだろう。着飾らない分だけ装飾品が映えるというものだ。それにしてもいいなあ、あの店にいとも簡単に入っていくなんて。

晴れた日は空が夜になっても明るい。だからついつい帰り時間が遅くなり、その流れで夕食時間が遅くなる。明日からまた一週間が始まる。どんな一週間になるかは自分次第。肩の力を抜いて行こうと思う。




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