5月は行ったり来たり

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職場を出たところで雨が降り始めた。小粒の雹も一緒に。なのに少し先まで行ってみたら、どこを探しても雨跡などなかった。濡れた傘を持っていたらバスの停留所に居合わせた老女に何処で雨が降っていたのかと訊ねられて苦笑した。少し先のところで。結構降っていたのよ、と言う私に彼女は不思議なこともあるものねえ、と言って空を見上げた。旧市街の方の空が真っ黒なのを見つけて、シニョーラ、ほら、旧市街の方は雨は降っているに違いない、と私が囁くと、老女はこれから旧市街へ向かうらしく困った顔をした。そのうち彼女の乗るバスが来てさようならをしたけれど、彼女は雨に降られてしまっただろうか。うまくいったならいいけれど。

ワイン農家から樽で購入したワインを相棒が瓶詰したのはいいけれど、きつく栓をしてあるので私の力ではかなわない。コルク栓ではなくプラスティックの栓で、栓抜きなんてものではなくて手で、エイ!と抜くのである。近年、力が全然でない私は、この種類の栓を抜くことが出来ず、遂に諦めることにした。相棒が遅く帰ってくるために、ひとりで食事をする晩のことだった。ワインなしの夕食なんて。そう思って居間に行ってみたら、飛び切り美味しいハンガリーワインと、相棒が大切にしているカリフォルニアワインの最後の一本があった。双方ともコルク栓だ。これなら簡単に開けられると手に取ってみたが、どちらも相棒が特別な日にと言って栓を抜くのをずっと先送りにしているから、何でもない日に勝手に開けてひとりワインなどしたら喧嘩になるであろうことが安易に想像ができた。私は手にした2本のワインをそっと元の場所に戻し、珍しくワインのない晩を過ごした。などと言うと、大変な酒飲みのように聞こえるだろうか。正直言ってワインは好きだが、何杯も頂くことは滅多にない。グラスに一杯。それが私と相棒の適量で、気分を盛り上げ食欲を増進する美味しいワインをちょっとが、いつの頃からか決まった私達のルールだ。酔うほど飲む必要はないということだ。夕食を終えてひょいと棚の上を見たところ目に留まった黒いボトル。手に取ってみたら、2001年と記されていて、手描きの小さなラベルは私が書いたものだった。ああ、これはジーノの胡桃酒だ。相棒が地下倉庫から持ってきたに違い、17年も前に彼の庭の胡桃の樹に実った胡桃を使って丁寧に作った、ジーノ特製の胡桃酒だった。ジーノと言うのは私達の友人で、私達がイタリアに引っ越して来る前から知っていた、古い友人と言っていい。元をただせば相棒の幼馴染の恋人だったジーノ。それがいつの間にかジーノだけが私達の周囲に残り、何かあれば彼が暮らす山の家に行くのが習慣になった。一頃は週末ごとに彼の家を訪ね、一緒に食事をしたものだが、それも5年ほど前に何となく交流が無くなり、今では声を聞くこともない。何だか残念ではないか、と時々相棒を促すけれど、そのままにしておく方が良い時もある、とのことで一向に電話を掛けようとしない。喧嘩をしたでもないし、いったい何が何だかわからないけれど、相棒の方が仲が良かったから、彼の言う通りそのままにしておくことにした。そして1年に2度ほど言うのだ。ジーノに電話をしてみようよ、と。もう数年経ったら、相棒はうんと言うかもしれない。兎に角そのジーノが作った胡桃酒の美味しいことと言ったら。一頃毎年ジーノが胡桃酒を作って、そのうちの数本を分けてくれた。この2001年物の胡桃酒はそのうちのひとつで、もしかしたら最後の一本かもしれなかった。栓を開けるといい匂い。強い酒なので小さなグラスに少しだけ。口に含むと胡桃酒はとろりと口当たりが良く、それでいて強くて鼻につーんときて、その後に何とも言えぬ匂いと旨みが広がって、うーんと唸らずにはいられなかった。其処に相棒が帰ってきて、あっ、独りでそんなものを飲んで、と言うので、隠れて飲んでいるところを見つけられたようで気まずい思いをしたが、いや、なに、彼も欲しかっただけだ。胡桃酒を彼の小さなグラスに注いで、そして私のグラスにも少し。乾杯をして胡桃酒を頂きながら、ジーノはどうしているだろうと思った。多分うまくやっているのだろう。そうであって欲しいと思った。会うことはなくとも、話すこともなくも、やはり彼は私達の大切な友人だと思うから。

暖かかったり涼しかったり。ボローニャの5月とはこんなものだっただろうか。クリーニング屋さんの女主人曰く、今年は全く妙な気候だ、とのこと。夜は冷え込むので春先のジャケットはまだ手元に置いておく方がいいらしい。明日は今日ほど気温が上がらない予感がする。春と初夏が行ったり来たりで5月は本当に忙しい。




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Comment

moonriver

読んでいて、イタリア在住のジャーナリスト・内田洋子さんの本で「ジーノの家」を思い出してしまいました。内田洋子さんの本も好きです。
オススメです(^◇^)


胡桃酒ですか、私は飲んだことがないです。ワインは好きですがもっぱら安物のワインばかり、ビールはサントリーのオールフリーのノンアルしか飲めなくて・・(笑) 

良い友人ですね。友は類を呼ぶと言います。
  • URL
  • 2018/05/19 16:14

yspringmind

moonriverさん、こんにちは。内田洋子さんのジーノの家と言う本の題名は聞いたことがあります。何か賞を取られたんでしたよね。今度帰省した際に購入しようと思います。おすすめありがとうございます。
私は昔お酒なんて少しも飲めなかったのですが、アメリカに行ってワイナリーが近いこともあって、ワインに興味を持ち、少しづつ頂くようになりました。美味しいのを少し。これが私とワインのルールなのです。胡桃酒は一般的にアマーロとも呼ばれています。私は拘りがあって胡桃酒(イタリア語でならノチーノ)と呼んでいますけれど。凄く強くて、凄く美味しいです。一度試していただきたいです。
  • URL
  • 2018/05/19 17:19

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