そら豆のこと

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仕事帰りに立ち寄った青果店の店主が、そら豆は今が一番安くて美味しいよ、と言った。そうだ、少し前までは、ちょっと驚くほど高値で手が出なかった。何しろ鞘は大きいけれど中の豆は小さいから、山盛り購入したいけれど足踏みしてしまうほどの値がついていたのだ。店主のその言葉でそら豆を購入することにした。シニョーラ、このくらい? ううん、その倍くらい。そうして手に入れた袋一杯のそら豆を手に提げて家に帰って来た。一年振りのことだ。店主の言葉を借りれば、そら豆の季節は一瞬。恐らく今年はこれが最初で最後だろう。そら豆の鞘の青臭い匂いを猫は好きらしい。袋の中に顔を突っ込んで匂いを嗅いでいた。それでいて豆には少しも関心がないらしく、鞘から豆を取り出すと、興味ありませんと言った感じで向こうに行ってしまった。それにしても小粒だ。日本のそら豆のような大粒はひとつだってなかった。

アメリカに居た頃のことだ。私と相棒が暮らすフラットにはいつも誰かが夕食時にふらりとやって来たが、時にはそうした人達に前もって声を掛けて皆で一緒に夕食を楽しんだ。近所にあったオーガニックの店は小さかったが新鮮で種類が豊富だったから、そのすぐ先にあった大きな名の知れ渡った自然食品の店に行くことはあまりなかった。小さい店ならではのサービスは有難かったし、それに仕入れの選択のセンスが良くて何時も私を驚喜させた。そのひとつがそら豆で、そら豆の大きな鞘が籠に山のように積まれているのを見た時は、目がきらきらして声も出なかった。私は子供の頃からそら豆が大好きなのだ。そら豆は家族みんなでテーブルを囲んだ思い出にも繋がる。汗ばむような季節の晩とそら豆、そして家族の笑顔が一括りになっている。さて、山盛りのそら豆の鞘を幾度も鷲掴みしては紙袋に入れて大金を払って店を出た。随分高くついたが悔いはなかった。何しろそら豆なのだ。次はいつで会えるかわからない、そう思っていた。それくらい、アメリカに暮らしていて、そら豆を見たことがなかった。その晩は、友人達が来ることになっていた。相棒はいつものようにイタリア料理を作るだろう。そもそも友人達の多くは相棒のイタリア料理が目当てだった。私は簡単だけど新鮮なサラダ担当。そしてそら豆を茹でることにした。鞘を割ると出てきたのはぷっくりと膨らんだ大粒のそら豆。そのひとつひとつにナイフで丁寧に筋を入れて、塩を入れた湯でしっかり茹でた。こんな風に茹でたそら豆を友人達は食べたことがないだろう。そう思った通り、テーブルに真ん中に置かれた深い皿に入ったそら豆に誰もが目を丸くした。えっ。此れどうやって食べるの? そう言ったのは写真家のシャロン。筋の入った大粒のそら豆を指でつまみあげてまじまじと見ていた。筋がついているのは皮から取り出し易くする為で、ほら、こんな風にして取り出して中身だけ食べるのだ、と目の前で見せると彼女は成程と頷いて真似た。皮は堅くて消化に悪いから食べないこと、だから中身を取り出し易いように豆のひとつひとつにナイフで筋を付けること、塩を入れてゆでると緑色が鮮やかになって食欲をそそること。それらの全てがシャロンを感心させ喜ばせたらしい。相棒のイタリア料理は勿論大好評だったが、ワインを片手にそら豆の話に花が咲いて楽しい晩になった。確かに豆にナイフで筋を入れるのは面倒臭い作業だけれど、こういうことをするのが、調理の前に下準備をするのが、実に日本らしい、と思ったものだった。

青果店で買ってきた小粒のそら豆になど、ナイフで筋を付ける気にはならぬ、とそのまま塩を入れた湯に投げ込んだ。しかし小粒な分だけ皮が柔らかかったから、皮ごと食した。イタリアでは豆だけをこうして食べることはなくて、例えばパンチェッタと炒めたり、クスクスの中に入れて一緒に炊いたりするから、小粒で丁度よいうのかもしれない。国が変われば野菜も変わり、食べ方も変わるということだろう。でも、ナイフで丁寧に筋を付けたそら豆に恋をしたシャロンがそれを聞いたら、きっと残念がるに違いない。そんなことを思いながら、赤ワインを注いだグラス片手に夜が更けていくのだ。




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  • 2018/05/08 04:26

yspringmind

鍵コメさん、こんにちは。日本のそら豆は大粒で食べごたえがあります。それに比べてイタリアのそら豆の小粒なこと。鞘を開けてその小ささに目が点になります。イタリアはひよこ豆をよく食べますが、私はひよこ豆にあまりパッションがなくて、皆に、どうして?こんなに美味しいのに?と言われますが、パッションがないのだから仕方がありません。やはりそら豆。これでしょう。
ところでアメリカのオレゴン「ポートランド」には興味があるとのことですが・・・何故??? 確かに長閑でよいところと聞いていますけれど?
  • URL
  • 2018/05/09 11:14

moonriver

こんにちは。
エッセイストの渡辺葉さんの本で、「樹のあるところに、住みたくなったから・オレゴン州ポートランドのゆるやかな暮らし」を読んですごく興味がわいてきたのと、全米で住みたい街No1と消費税がかからないこと、単純な理由です(笑)


  • URL
  • 2018/05/10 07:33
  • Edit

yspringmind

moonriverさん、こんにちは。”エッセイストの渡辺葉さんの本で、「樹のあるところに、住みたくなったから・オレゴン州ポートランドのゆるやかな暮らし」を読んですごく興味がわいてきた”とのこと。その本私も読んでみたいと思います。樹のあるところに住みたいのは私です。
  • URL
  • 2018/05/11 23:05

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