雨の降る日は

DSC_0030 small


雨は一日中降り続けるつもりらしい。朝、窓から外の様子を眺めながらこんな風景を前にも見たことがあると思った。何処で見た風景だろうと思いを巡らしてみたところ、思い当たったのが、アメリカの、サンフランシスコの、あのアパートメントからの風景だった。似ても似つかぬふたつの風景。あのアパートメントの出窓から見える風景と言えば、急な坂道と、時々其処を下って行く車と、十字路を渡る人々、そして連立するアパートメントの群れで、今、私も窓から見える近隣の緑あふれる庭や背の高い樹木とは似ても似つかぬものなのに。もしかしたら、窓の外を眺める自分の心境が似ているのかもしれない。止みそうにない雨に戸惑う心境。こんな日に家に居たらくじけてしまいそうな心境。

私と友人が何週間もかけたアパートメント探し。歩いて、バスに乗って、また歩いて、此れという地域の此れという物件に巡り合うと貸家の札に書かれた電話番号をメモして公衆電話から電話をした。条件を聞いて早々に諦めねばならぬ物件は沢山あった。私達のような外国人学生には貸さない物件もあれば、外国人学生でも構わないが、私達には家賃が高すぎたり、莫大なデポジットが必要だったり。だから最終的に中を見せて貰うに至った物件はほんの一握りしかなかった。そして最後に見つけたのがサクラメント通りに面したアパートメントで、家具なしと言いながらもキッチンには冷蔵庫もガス台もあったし、何よりも木の床なのが嬉しくて、私達はここにしようと決めた。とは言っても、建物の主は別の地域にある不動産業者だったから、電話でアポイントを取り、指定された時間に行ったこともないような地区まで足を運んで難しい書類を読まねばならなかったり、勿論保証人が必要だったり、デポジットが必要だったりと、難しいことは沢山あった。ただ、あのアパートメントを諦められない気持ちと自分が動かなかったら何事も前に進まない現実が、いつもなら面倒臭いことはすぐに放棄してしまう私の背中を押していた。友人はそんな私に全てを委任していたが、それはそれでよかった。何故なら私こそがこのアパートメントに執着していたのだし、自分がしなければならぬ状況に置かれたからこそ、真剣になれたの。陽当たりの良い広い部屋。出窓に面して机を置いたら手紙を書くのに丁度良さそうだった。それまで住んでいた小さなアパートメントはあまりにも陽当たりが悪く、暗くて寂しい印象だったから、この明るい部屋をどうしても手に入れたかったのだ。そうして私と友人は12月を待たずに引っ越して来た。冬でも晴天の日は飛び切り明るく、室内は温室ように温かく、私と友人を歓迎しているかのように見えた。少しすると雨季がやって来た。この街の雨季は本当に憂鬱で、降り始めたらなかなか止まない。それはこの街に住み始める前から知っていたことだけれど、しかし、坂道をごうごうと流れる雨水を眺めていると不安ばかりが募った。不安がってどうなるでもなければ、いったい何が不安なのかさえも私には分からなかった。隣の部屋でテレビを見ながら時々楽しそうな笑い声を上げる友人が、羨ましくてならなかった。彼女のようにどーんと構えて、考えてもどうしようもないことはケラケラと笑い飛ばせたらどんなにいいだろうと。私と彼女は一緒に暮らすアパートメントを探したが、性格上の共通点はなく、しかしだからこそ相手を同居人として好ましいと思ったのかもしれない。とにかく、そんな雨も時には雨脚が弱まることもあれば、ふと止むこともあった。そんな時には私はすぐさま外に出る用意をして、そしてそんな物音をキャッチした友人が何処に行くのだ、一緒に連れて行ってほしいと懇願し、それならば、と私はひとり散歩を返上してふたりで雨でしたたかに濡れた道をさ迷い歩いた。そんな私を友人は、あなたは本当にマメだ、外に出掛けるのを苦にしないで、と称賛した。褒められるほどのことではなかった。ただ、私は家の窓から雨降りの様子を眺めているのが嫌いだったし、空はどんよりしていつまた降りだすかわからなくとも、自分が望んで望んで住むようになったこの街を一瞬でも多く歩きたかった。ただ、それだけだった。散歩をしていると大抵行き着く先はイタリア人街のカフェで、私達は混み合うカフェの中に小さなテーブル席を見つけて一時間ほど休憩すると、またアパートメントまでの坂道を歩いた。そんな時に話すのは大抵、私達はいい場所にいいアパートメントを見つけることが出来た、諦めないでよかった、ということだった。だからいつか私達がそこから出ていく日が来るなんて思ってもいなかった。そしてそれは、たったの2年で来てしまい、私をひどく落胆させた。あの窓からの風景はもう見ることが出来ない。でも、あれから25年も経つのに色褪せることなく記憶に残っている。だから良しとしようか。あの頃のことはよく覚えている。すべてが手探りで、そしてすべてにやりがいを感じた。達成感みたいなもの。助けてくれる人は居なかったから、自力で工夫しながら努力しながら前に進むしかなかった。その分だけやり遂げた時の喜びは大きく、自分の足で立って居ることを実感した。初めから不可能なんてことはないのだ。まずはやってみなくては。そう信じていた。今の私はどうだろう。その勇気のかけらくらいは持ち合わせているといいけれど。

私は思う。私が帰る場所は何処だろう。そんなつまらないを考えているのは、きっとこの雨のせいだ。




人気ブログランキングへ 

Pagination

Comment

micio

こんにちは。
最近はボローニャばかりではなく、yspringmindさんの犯行現場、、、ではなく、足跡を辿ってみたいなと、ブログに出てきた地名(今回はサンフランシスコのリトルイタリー辺り)の写真をgoogleで見て、雰囲気を感じ取っています。

私も、落ち着きたいという気持ちと、ふらっと流れていたいという気持ちで葛藤することはよくあるのですが、もしかしたらyspringmindさんは液体みたいな気質なのかもしれないですね。
流れてこそ安定を得られるといいますか。
  • URL
  • 2018/03/15 06:55
  • Edit

yspringmind

micioさん、こんにちは。私の足跡!最近のサンフランシスコは私が居た頃とは少し異なっているかもしれません。何しろ20年以上前ですからね。今度私もgoogleで見てみましょ。
私は多分安定したいという気持ちもあるけれど、基本的に根無し草なんです。でも私のポジティブな点を言えば何処でも何とか上手くやっていけるというところなのです。液体というよりも蒸気みたいなものかもしれませんよ。
  • URL
  • 2018/03/18 00:03

Post Your Comment

コメント:登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

yspringmind

Author:yspringmind
ボローニャで考えたこと。

雑記帖の連絡先は
こちら。
ysmind@gmail.com 

フリーエリア

月別アーカイブ

QRコード

QR