偶然とか不思議とか

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世の中には不思議なことがある。今日のそのことは、いったい何処から書き記したらよいのか、いくら考えても分からない。

2013年12月まで時を遡ってみようか。私は旧市街の七つの教会群前の広場に面した画廊が好きで、その前でしばしば足を止めたものだ。画廊に入ったことはなかったが、外から鑑賞するのが私流だったと言えよう。ある日画廊の前を通ったら美しいヴェネツィアの絵が飾られていて、思わずレンズに納めた。その数日後、テレビから流れてきた美しい映画音楽に心打たれて、私はブログにそれを書いた。レンズに納めた画廊の様子と一緒に。それを読んだ女性が私に連絡をくれた。それがきっかけで私は彼女と会うようになった。私よりずっと若い人。若いけれども地に足がついていて、大人びた視線と考えを持つ彼女を私はとても素敵だと思った。肩を怒らせずに、自然に身を任せて生きる術を知っている人。なのに頻繁に会うことはなかった。ほんの時々、気が向いた時だけ。互いにボローニャに住んでいるから何時でも会えると思っていたからだ。これは私の大きな欠点。一生かけても治るこのとのない致命的な欠点と言ってもよかった。いつか彼女がボローニャを出ていくなんて思ってもいなかったのは何故だろう。だから、ある日彼女が他の街に移り住むと知って、ああ、またやってしまったと思った。アメリカに居た頃にも同じようなことがあった。同じ街のあちらとこちらに住んでいた私と女友達は、いつでも会えるから、などと言って積極的に会うことはなかった。時々電話で話して、そして近いうちに会おうと言いながら、何時も先延ばしにして。それでいて私達は良い友人関係だったのだから、全く妙だった。ならばもっと会えばよかったのに、ある日女友達は日本へ、私はイタリアへと場所を移し、もう簡単に会うことは出来なくなって、互いに大変後悔したものだった。さて、ボローニャから居を他の国の他の街に移した彼女だが、全然会えないわけではなく、一年に一度は会える仕組みになっていて、世の中満更悪いことばかりではないと思う。それに、あの日、あのブログを書いたことで彼女と知り合うことが出来たのだから、私は案外運がいいともいえよう。その彼女、今日が誕生日だった。おめでとうのメッセージをおくり、彼女と知り合ってからもう4年が経つのか、などと思っていたところに居間から音楽が聞こえた。あの美しい映画の音楽だった。Anonimo Veneziano、日本語の題名でヴェニスの愛という名の映画が始まったらしかった。映画の始まりは駅。1970年の映画だから撮影したのは60年代終わりだろうか。もう50年程前なのに、少し前までとあまり変わりがなく、不思議な気分だった。不思議なのはそればかりではない。彼女と知り合うきっかけとなったこの音楽を今日と言う日に、彼女の誕生日に聴くことになろうとは。何かが音なく動き始めて、気が付いたらすべてが繋がっているような、そんな風に思えてならない。偶然といえば偶然。だいたい私と彼女が知り合ったのも、偶然のひとかけらだったかもしれない。不思議も偶然も私の生活にはよくあることで、良く調べてみれば多分私の人生の大半がそんなことで成り立っているのかもしれない。何にしても、この美しい音楽が、今夜は私を癒してくれる。少し熱っぽくて、しんどくて、立っているのもままならぬ私の体の芯から。

この偶然と不思議にありがとう。それにしてもこの音楽は、いつ聴いても、背中に鳥肌が立つほど美しい。




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